キミはペット、ボクもペット


※注意※
黒子家は、父・母・テツヤの三人暮らしという設定で書かれています。
(原作のお祖母さん同居設定は無視しています)

ペット一日目


 ――部活練習後の遅い帰り道に、相棒の青峰大輝と二人でコンビニに立ち寄ってアイスを買い食いする。そんな、いつもと変わらないはずの黒子テツヤのありふれた日常に、その日は、一つ、別のことが加わっていた。

「何だよ、テツ。ンなの買うの?」

 黒子がアイスと一緒にレジに持ってきたそれらに、青峰が首を傾げる。
 黒子が手に持っていたのは、小さなサラダのパック、サンドイッチ、おにぎりが一つずつである。
 成長期に、毎日、毎日、激しい運動をする運動部の男子中高生が、学校帰りにちょっと買い食いをすることくらい、さして珍しくもないだろう。実際、ガタイの大きな青峰や他のバスケ部員達と一緒に行動をしていると、そういった機会が実によくある。
 ただ、運動部に所蔵する男子中学生としては小食な黒子が付き合える買い食いと言えば、アイスやバニラシェイクくらいであり、ましてやサラダやサンドイッチやおにぎりなんて昼飯あたりに食うものであって、男子中高生が帰宅途中に買い食いしたいメニューではないだろう。
「夕飯です。うち、今日からしばらく僕一人なので」
「あー、親が出掛けてんのか」
 アイスを買うついでに、帰宅してから食べるためのその日の夕食もコンビニで買った。黒子としては、ただそれだけのとても他愛ないことだったのだが。後から思い起こせば、それこそが事の発端だったのかもしれない。
 何しろ、それが、青峰に両親の一週間の不在を話すきっかけだったのだから。
「つーか、今日からしばらく、って何だよ? 今日だけじゃねーのか」
「今日から両親が海外旅行に行ってるんです。結婚二十周年の記念旅行だそうで」
「ふーん……海外旅行な」
 ふーん、などとさほど興味もなさそうに相槌を打っておきながら、青峰はなぜかその大きな浅黒い片腕を黒子の肩上に乗せ掛けてきた。
 ちょっと、青峰君、重いです、と黒子がそんな青峰を見上げたら。買ったばかりのゴリゴリ君アイスを大口でシャクっとかじって、いかにも何気なさそうに、青峰がなおも黒子に訊いてくる。
「で、いつまで親が旅行してるって?」
「一週間ほどですよ。七泊八日のありふれたパックツアーです」
「ふーん……一週間な」
 ふーん、とまたしても興味なさそうに言いながら、シャクシャクとあっという間にゴリゴリ君を食べてしまった青峰は、腕を乗せ掛けている黒子のその肩にずしりとさらに体重をかけ、その上、そこに頭までもうずめてきた。
「青峰、くん?」
 夜道で人目があまりないとはいえ、一応、往来の道端である。青峰によって完全に歩を止められてしまい、そしてこの雰囲気だ。そういえば、そろそろ二人の帰り道が分かれる所だと気付き、ああ、と黒子は思った。

「なー、テツゥ」

 アイスを食べ終えたばかりの冷えた唇が、黒子の耳元でやけに甘えた響きの声を出す。
 そんなデカい図体でずしりと寄りかかってきて、そんないかにもおねだりな声を僕の耳元で出さないで欲しいです、と黒子のほうはまだゴリゴリ君をシャクリとかじりながら、星がきらめく夜空を仰いだ。
「さっきからなんですか、重たいです」
 青峰のこの雰囲気からして、言われるだろうことの予想はだいたいついていた。
 それでも一応、問うてみたら。
「俺、今日から一週間、テツんちに泊まる。決定な?」
 おおむね予想通りだった。
 しかも、勝手に「決定」って、僕の意思はどこにあるんでしょう、と問いたい。
「なんでそうなるんです」
「一週間もテツが家で一人きりなんだろー? やっぱ、何かあったら危ねぇだろ。んなの、彼氏としてほっとけねーって。相棒なんだし。テツのことは俺が守ってやんねーと。番犬代わりみたいなモンだと思えよ」
 何かあったらって、なんだろうか。
 危ないって、どう危ないのだろう。
 相棒が云々は全く関係ないような。
 ただ、確かに、黒子は青峰と付き合っている。互いに好き合っている認識はもちろんあるし、同性同士ながらもキスやセックスまでも青峰としてしまっている。あまり大っぴらにはできない関係だけれども、青峰が黒子の「彼氏」だという表現は、間違いではない。
 そもそも黒子だって男なのだから。青峰に守られる必要性はあまりないはずである。だいたい「守ってやんねーと」などと言いながら、青峰の大半の目的は知れている。
 でも、青峰の気持ちは、黒子もわからないでもなかった。付き合っているという認識は互いにあっても、バスケ三昧の毎日で、青峰と二人きりでのんびりできる機会はとても少ない。学校帰りにどちらかの家に寄っても、一緒にいられるのはせいぜい二、三時間だ。土曜でも日曜でも大半はバスケ部の練習があるのが常である。おかげで、欲求不満状態の青峰にマズイ時やマズイ場所で盛(さか)られてしまって、黒子もあまり制止しきれないのが最近の二人の現状である。
 両親が旅行中のこの一週間は滅多にない機会だと、黒子だってわかるし、その一週間のうちに青峰と過ごす夜があってもいいとは思う。
 でも。

……わかりました。うちに泊まってください」
「! テツ」

 嬉々とした顔で青峰が黒子の肩上からパッと頭をもたげた。
 そんな嬉しそうな顔をされると、黒子は困るのだけど、今日から一週間丸々という話はさすがに却下したい。
「泊まってもかまいませんけど、とりあえず、今日からというのはナシにしてくださいませんか。うち、狭いですし、君が泊まりに来るのなら、ちょっと部屋の片付けくらいしておきたいです」
「部屋なんて別にどーでも俺は気にしねーけど」
 テツさえいればいいんだよ、なんて青峰が付け加える。
 それはそれで嬉しい言葉だが。
「僕は気にするんです」
「まー、今日からってのは確かにいきなり過ぎか……
「いきなり過ぎですよ」
「テツにだって、隠しておきたい本とかビデオとかがあるだろうしなァ」
「そんなものはありません」
 いきなりだということに加えて、今日のバスケ部の練習は殊更ハードだったのだ。正直、黒子はへとへとである。こうやって青峰に寄りかかられているだけでもうヘタってしゃがみ込んでしまいそうなくらいだった。
 この上、家で青峰の相手をしようものなら死にそうだ――とまではさすがに言わないけれど。
「それに一週間もなんてダメです。せいぜい一日か二日にしてください」
「ぁあ? あンでだよ」
 今日の泊まりはいきなり過ぎ、という理由については多少の理解を示してくれた青峰だが。一日か二日にしてくれ、というその提案に関しては、浅黒い眉間の皺を深めてあからさまに不満の顔をした。
「一週間、テツんちに誰もいねーのなら、一週間、俺がテツのそばにいるべきだろ」
「いるべき、って、どんな根拠でそうなるんですか」
「番犬代わりだ、つったろーが」
 その番犬代わりとやらに襲われるに違いないだろう身の上としては、まったくどうしたらいいのやら。
「本当にただの番犬だったら、一週間くらい、喜んでうちに置きますよ。基本、僕は犬好きですし」
 でも、君は犬じゃないでしょう、とそろそろ溶けそうになっているゴリゴリ君を急いでシャクとかじっていたら。

「ワンッ」

 思いがけず上から降ってきたソレに、黒子はびっくりした。眼を剥いて青峰を見上げる。
と。
「ワン、ワン、くぅーん」
 先刻の「テツゥ」のような、あのねだる響きで青峰にソレを続けられて、黒子は面食らってしまう。
 もう、いきなり何やってるんですか、冗談はやめてください、と笑って流してしまいたいところなのに。
 滑稽な真似をしながらも黒子を見おろす青峰の宵色の眼は、獣じみた飢えと強い真剣みを帯びていて、とても冗談などではなさそうだった。
……本気、ですか」
「ワン、ワン、ワン」
 すっかり溶けかけている手元のゴリゴリ君のことも忘れて、黒子は唖然と立ち竦む。
 だが、番犬希望者のほうは、その溶けかけのゴリゴリ君に気付いていたらしい。
 アイス棒からついにズリ落ちてしまったソーダ味のカケラを、咄嗟にその背高い身を屈めてはむりと口で受け止めた。さすがに野生の獣並みの反射神経である。シャクリと黒子のゴリゴリ君を全部食べてしまって、その際、ついでに黒子の手までもぺろんと舐めてアピールしてくる周到さ。
「っ」
「テツと一週間も一緒に過ごせるなら、俺は犬でも猫でもなってやるって。だから、な? ……ワンワン、泊めろ」
 黒子と一緒に過ごすためだったら犬になると、そんなことを耳元で甘く囁いて、青峰が黒子を抱きしめてくる。
……青峰くん」
 ああ、もう、困まりました、と黒子は青峰の腕の中で逡巡させられる。
 青峰にここまで言わせて、それでも駄目です、嫌ですよ、と突っぱねられるほど、黒子は青峰に対して冷淡ではいられないのだ。そもそも、ここで黒子が毅然と拒否できるものなら、青峰に妙な時や場所で盛られたとしてもちゃんと制止できるはずだろう。
 結局のところ、黒子も青峰のことが好きで、青峰に求められることもまた嬉しくて、それで青峰に少々無理をさせられることすらも、あまり悪い気がしていないのだから。自分に体力があれば、もっと青峰に応じたいくらいだ。
 その体力だが。
 ここのところ、二人きりになれるまとまった時間というものが本当になくて、青峰が欲求不満状態なのはすごくわかる。それで、青峰と一緒にいると、黒子も青峰の気持ちや勢いについ引きずられてしまいがちだ。だが、帝光バスケ部一軍のハードな部活練習をしつつ、一週間もその青峰と二人きりで過ごしたら……自分はどうなるのか。ただでさえ、倒れたり、嘔吐したり、を繰り返しているのに。
 とてもじゃないが身がもちそうにないこともまた、黒子テツヤの現実だった。
「なぁー、ワン、ワン、泊めろよ」
 催促のようにワンワンと言われて、黒子は深い嘆息を吐き出す。
……――もう、仕方ないですね、君は」
「ワン?」
「君は『おあずけ』ができるワンワンですか? 一週間の内の毎日じゃなくてもいいんですけど、ちゃんと『おあずけ』ができるのなら、明日からうちにどうぞ」
 黒子が最大限譲歩して、妥協した上での、それが青峰を一週間近くも自宅に泊める最低条件である。まさか、一週間も毎日抱かれていたら、本当に身がもたないだろう。
「おー、『おあずけ』くらい、ワンワンはちゃんときいてやるって!」
 本当だろうか。
 かなり疑わしいと黒子は思う。
 でも、とりあえず、それを信じるしかなさそうである。
「じゃー、明日からテツんちな」
「はい」
 それで決まりとなって、止まっていた二人の歩がようやく再開する。
 青峰がふと思いついたように言った。
「明日は土曜で、部の練習は午後からだよな」
「はい、そうですが」
「なぁ、ちっとよ、ペットショップにでも行ってみっか」
……は?」
 
 ペットショップ?



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