キミはペット、ボクもペット

ペット二日目
赤司征十郎の所感



 まだ二年生ながら、名門・帝光中バスケ部の主将を務める赤司征十郎は、その日、学校行事のほうの委員会があったために一時間ほど遅れてバスケ部へ顔を出した。
 バスケ部の面々、特に一軍連中は、主将の赤司の眼がなくても真面目に自主練習を始めていたようである。ダムダムとボールをつく音や、キュッキュッとした小気味よいバッシュのスキール音が、いつものように一軍用の体育館内に響き渡っていた。チームを組んで威勢よくミニゲームを始めている者達もいる。
 皆、俺がいなくても、ちゃんと動いていたようだな、と主将の赤司としては軽く満足して小さく頷き、その体育館内をひとしきり見渡していたのだが。
――
 ミニゲームをしている者達の一人に、赤司の眼が止まった、というより、釘付けになった。
 そいつは、一年生の頃からずっとスタメンをしている実力者であり、赤司も含め「キセキの世代」と呼ばれ始めた五人の天才の内の一人であり、そして、何よりも、全国屈指の強豪校であるこの帝光中バスケ部の絶対的なエースだった。
 周囲と比べて明らかに違う褐色の肌、型というものを超越した奔放的なバスケスタイルは、いつでも人の眼を惹くものである。
 今日の赤司の眼をも、物凄く惹いた。
――……
 が、それは明らかに別の意味で惹いていた。
 どうにもこうにも言えないような妙な心地で赤司は三度程眼をしばたく。しかし、赤司征十郎たる者、取り立てて騒ぐようなことはしない。表情も特に変えない。まさか動揺など、もちろんしているわけではけしてない。いかにも冷静そうな物腰をいまだ保ちながら、赤司はゆっくりと胸元で腕を組んだ。そして、この妙な光景と状況についての把握をするために、とりあえず、一番近くにいたキセキの一人に声を掛けた。

「紫原」
「んー? なーに、赤ちん」
「青峰の首のアレは何だ? 新手のファッションか」
「あー、首輪のこと? 峰ちんね、今日から黒ちんのペットをしてるんだって」
「ペット?」

 バスケ部の主将として、バスケ部内の、特に一軍レギュラー達の人間関係についてはよく把握している赤司である。
 あの二人、本人達は隠しているようだが――いや、主に隠そうとするのは黒子のほうだけで、青峰はわりとオープンなのだが――バスケ上の相棒同士という関係だけではないことくらい、無論、赤司は承知している。

 全身がバネと筋肉で出来ているような青峰なら、何かあってもどうとでもなるだろう。
 だが、黒子はそうもいかない。
 黒子は他の者達と比べても身体能力が低く、体力も相当に少ない。こういったこともきちんと赤司が把握をし、青峰の有り余る体力と止まらない暴走を時折それとなく削いでやってコントロールしてやらないと、どうしても黒子の部活練習やバスケそのものに支障が出てくるのだ。
 だから、大事なレギュラーであるあの二人の現状について、適当な看過や放置などはできない。

(青峰が、黒子のペット?)

 たとえ、どんなにバカバカしくても。
 どんなにアホらしくても。
 どんなに異常でも、である。
 ……まったく、毎度、毎度、世話がやけるな、あの二人は、などと内心思っても、である。
 このバスケ部を支える大事なレギュラーだ、そうして世話がやけることすらも主将の赤司にとっては愛しいものである。あの二人の奇妙なペットごっこがバスケに影響を及ぼすかどうかを検証した上で、どう対処をするか、あるいは対処などしなくても大丈夫かどうかを、部をまとめる主将としては、真面目に考慮しなければならなかった。
 まったくバカバカしいが。

「どうしていきなりペットなんてことになったのか、紫原は何か聞いているか?」
「んーとねー、黒ちんとこの親がね、結婚何周年だとかの記念で、一週間くらい海外旅行に行ってるんだって」
「へぇ」
 それはなかなかいい話じゃないか、と思った赤司だが。
「黒ちん、しばらく家に一人だし。峰ちんは黒ちんとこに泊まりたいし。それで、峰ちんは、黒ちんのペットになることにしたんだって」
……。へぇ」
 最初の「へぇ」より五度も音程を低めて同じ「へぇ」を綴り、赤司は再びミニゲームをしている者達へ視線を向ける。

 堂々と首輪をしてはばからないアホなエース。そのエースにパスを出している影の薄いパサー。
 見たところ、黒子の動きはいつも通りであり、青峰がペットをしているからと言って、特におかしな影響は受けていないようだった。両親の海外旅行とやらが一週間ほどだというのなら、この先、その一週間の間にどうなるのか、注意は必要だろう。
 そして、首輪をしている青峰のほうは。
――。青峰は別にあれでもいいか」
「いいのか、赤司?」
 それまで黙々とシュート練習をしていた緑間が、赤司の呟きを聞いて横から口を挟んできた。
「あの見苦しいのを放っておくつもりか」
「見苦しいのはさて置き、黒子のほうに影響がないのなら、さほど問題はないだろう。青峰のほうは……やけに喜んでるようだしな」
「あー、峰ちん、なんか張り切ってるよねー」
「アホなのだよっ!」

 いつもよりキレがある動き。いつもより野生じみた気配。いつもより白い歯を見せて、それはもう笑顔で嬉しそうに黒子のパスを受け、それをシュートする輝かしいエース。黒子のペットとして首輪をしている青峰は、どう見ても、いつも以上に楽しそうにバスケをしている。
 あの黒い姿を見て思い出すのは、いわゆるアレだ。
 犬にボールやフリスピーを投げてやると、それはもう喜び勇んで走って取ってくる。実にそっくりだな、と赤司は苦笑を禁じ得ない。青峰の場合は、ボールを取った後にシュートをしてくるわけだが。
「まあ、これが逆のケースなら、少し心配な気もするところだが」
 逆に黒子が青峰のペットをするようなケースは、どう考えても黒子に影響が出そうだと予想できる。だが、青峰のほうがペットで、黒子が主人役をするこのケースなら、黒子が多少の主導権を握れるはずだろうし、どうやらあまり問題はなさそうだと赤司は判断する。
 あくまで今のところ、だが。

「見苦しいのは確かだが、青峰がああしていても特に被害はなさそうだ。しばらくは様子見をしよう」
「いや、赤司、被害は一応あるだろう」
「うん? 黒子は大丈夫そうだろう?」
「黒子ではなく、黄瀬だ。主に黄瀬があの青峰の被害を受けているのだよ。まあ、どうでもいい被害ではあるが……
 なぜ関係のない黄瀬が?と思ったら。
「見ていればわかるのだよ」
 緑間のその指摘のそばから、ぎゃいのと黄瀬の声が甲高く響いた。

「ちょっ、青峰っち!」
「あ?」
「今の黒子っちのパスは、どう見ても、ドンピシャで俺向けのパスだったっスよッ?」
「あー、そうだったか?」
「青峰っち、さっきから何度も何度も酷いっスよ! 俺へのパス、奪ってばっかじゃないっスか……ッ」
「知るかよ。てめぇがトロいだけだろーが」
 酷いっス、もー酷すぎっス、横暴っスよ!と黄瀬が喚いて、「黒子っちも何とか言って!」と黒子に泣き付いた。こういった場合、黒子は大概どちらの贔屓もせず、正直にまともなことを言う。
「今のパスは、確かに黄瀬君に出したパスでした」
 黒子としては別に黄瀬の肩をもっているわけではなく、単に事実を述べただけだろう。だが、黄瀬は黒子に味方をしてもらえたと大喜びだ。
「さすが俺の黒子っちっス!」といつもの調子で嬉々と黒子に抱き付いた揚句、あからさまにムカッとした気配を滾らせた青峰によって引っぺがされて、尻を蹴られている。
――
 黄瀬の物怖じしない明るさと人懐こさゆえのことだが、黒子に抱きついては青峰に引っぺがされることくらい、いつもの日常風景と言えばそうだろう。
 だが、黒子の身をガードしながら黄瀬を蹴りつけている青峰のそれが、いつもなら冗談まじりの一蹴りで終わるところを、今日はげしげしと繰り返される。黒子の肩上を囲っている青峰のその片腕が黒子からなかなか離れずに、いつもより長々とまとわりついたままだ。ペットとして飼い主を守っているつもりなのか、それとも別の駄犬を追い払いたい縄張り意識が今日はやたらと増しているのか。
 さすがに見兼ねたらしい、黒子が青峰を見上げ、たしなめの言葉を綴った。
「青峰君、ダメですよ、チームワークが乱れてしまいます。黄瀬君向けのパスは黄瀬君に渡してください」
……黒子っち……やっぱ、俺にやさしいっス……
 涙目で感動する黄瀬をギロリと剣呑に睨んだ後、青峰は黒子に視線を落とした。
「ワン」
 やや控えめに一吠えし、黒子のその肩上に顔をうずめる。黒子のTシャツに鼻先を擦り付けて、くぅーん、などと甘えるように小さく鳴いて見せるのである――この帝光バスケ部の絶対的なエースである青峰が。
 周囲には一軍の連中しかいないとはいえ、皆々、この異常な光景に唖然と凝固して、ごくりと固唾を呑んでいる。
「青峰君」
 青峰に抱き付かれている黒子が、ふぅと溜息を吐いた。
……もう、君はわがままなワンワンですね」
 そんな青峰の頭髪を黒子がよしよしと撫でてやると、青峰は嬉しかったらしい、浅黒い両腕が黒子をきゅっと抱きしめて「ワン」ともう一吠えする。尻尾はさすがに付けていないが、あったら思い切り振っていそうである。
「次は君にパスを回しますから、そう拗ねないでください。黄瀬君のは黄瀬君に譲ってあげましょう。ね?」
「ワン、ワン」
 わかった、仕方ねーな、と青峰は返事をしたらしい。

……へぇ)
 なかなか巧く躾けているじゃないか、と眺めていた赤司は少々感心をした。
「まったく、見るに堪えない光景なのだよ」
 緑間は眼鏡の位置をついと直して、はー、と何度も呆れた息を吐いている。
「いいな〜、峰ちん、楽しそう……俺も犬プレイしてみたい。ねー、赤ちん、してみない?」
 紫原は菓子を頬張りながらそんなことを言い出す始末。
「してみないよ」
 赤司は苦笑して返した。
 やけに派手に泣いて喚いているのはやはり黄瀬だった。
「ぅうう……青峰っち、羨まし過ぎっス! ずるいっスよ!俺も黒子っちとワンワンごっこしたい……っ」
「ぁあ? てめぇはいっつも似たようなことやってんだろーがよ」
「でも、俺、そこまでして貰えないっスよっ? ワンワンなんて黒子っちにやさしく呼んで貰えないし、よしよしと頭撫でても貰ってない……悲しくなってきたっス」
 黒子のそれは、青峰とペットごっこをしているからこその特殊な仕草であって、普段からやっていたら少々問題だろうに。いや、そもそもペットごっこなどを部活でやっているのが大いに問題ではあるが。
「黄瀬君はそんなに犬になりたいんですか」
 奇特な人ですね、と黒子が不思議そうに黄瀬に訊ねた。
「なりたいっス!」
 黒子に声を掛けられて、パッと花を咲かせるように起き上がった黄瀬は、全く懲りていないようだった。
「俺、黒子っちの犬になりたいっス。黒子っちに頭撫でて欲しいっス。ワンワンワンって抱き付きたいっス!」と調子に乗って、またしても黒子に抱き付こうとしたところ。
「ガぅッ!」
 寄るなっとばかりに青峰に唸られて、ノリなのか、何なのか、「キャン」と鳴いて見せている。
――
 とりあえず黄瀬は放っておこう、と赤司は思った。



以上、サンプルでした。




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