「なんつーか、最初から、すげーケンカ腰で煽られてよ。『オマエの気分なんか聞いてねー』、『試してやるから、やれ』っつって、尋常じゃねぇ雰囲気で絡んで来やがったんだよ。そんで、俺もムカっ腹立てて、つい相手しちまった」 「そう、ですか……」 |
秀徳戦で足を痛めた火神は、誠凛のカントク相田リコから「練習禁止」を言い渡されていた。 それで、ここ数日、火神は練習には参加せず、皆の練習を見学しながら手元でボールを弄っているのがせいぜいだった。じっとしているのが性に合わないのだろう、動きたくてしかたないという顔でフラストレーションを溜めていた火神だが、カントクのリコや主将の日向の監視の目もあって、比較的おとなしくしていた。 だが、土日を挟んだ月曜日の今日。 練習場に顔を出した火神の足の状態が悪化していることに、リコがすぐ気付いた。 土日の間に火神が言いつけをやぶってバスケをしたことがバレてしまい、「こんのっ……バカガミがぁあっっ!」とリコから大目玉をくらった。「保健室で湿布もらって来いっ! 今日は見学! 足を使うな! 逆立ちで行けー!」とさんざん怒鳴られていた。 でも。 (――。火神君) 火神は単純で粗雑で直情的だが、けして身勝手ではない。 意外に周囲を見ていて、他者のことも慮っている。黒子に対しても、そして、チームに対してもだ。 勝利に固執するあまり、秀徳戦では少し熱くなりすぎた場面もあったけれど、それもあのときだけのことである。これからインターハイ予選の決勝リーグに臨む誠凛にとって、火神の存在は不可欠である。キセキの世代に対抗するのは火神にしかできない。つまり、秀徳戦で痛めた火神の足がどこまで快復するかが、大きな鍵とも言える。それは、火神もよくわかっているはずだ。 だから、火神がチームのことを考えずに理由なく無茶をするとは思えない――と、黒子は、火神に何があったのかを尋ねた。 そうしたら。 「まあ、青峰とやった、つったって、ほとんど一方的にやられるばっかでよ。ろくに動けなかったけどな。キセキの世代ってのは、どいつもこいつもマトモじゃねーと思ったが……アイツは黄瀬や緑間ともまた違うな。ボール挟んで向き合ってると、なんかもう空気がヤベー。とにかくケタ違いに強ぇのはわかった」 「――」 痛めている足のことを言い訳にしないのが火神らしいと思った。 そして、負けん気が強いのに、相手の強さを素直に認めるところもだ。 ―― 一昨日の土曜日、屋外コートでボールをならしていた火神の前に、青峰が現れたという。 青峰は「相手をしろ、試してやる」と傲岸不遜に言い放ち、火神に1on1の相手を要求した。火神にその気はなかったが、青峰の態度に腹が立って、結局、青峰と1on1をしてしまったらしい。 一昨日の土曜日といえば、リコの父親が経営するスポーツジムで誠凛が「プール練」をした日だ。足を痛めている火神はもちろん参加していない。プールサイドにはボールも持ち込めないので、その日の火神は見学もしていなかった。 火神が一人でどうしているのか、黒子は少し気になっていたが。 まさか屋外コートで青峰とそんなことになっていたとは。 「すみません、火神君」 「いや。お前が謝るこっちゃ全然ねーけどよ」 誠凛は、決勝リーグで最初に桐皇学園と当たる。 桃井がプールに顔を見せたのは、いわゆる敵情視察も兼ねた黒子への挨拶だと思われる。 桃井が誠凛の「プール練」まで知っていたということは、誠凛のかなり細かい情報まで得ているということだ。それはそのまま青峰へも筒抜けのはず。 だが、あの日、桃井は青峰が近くに来ているとは言ってなかった。桃井が知っていたら、さすがに黒子に言わないはずがないだろうから、桃井の情報を得た青峰が勝手に動いたのだろう。 誠凛は、練習試合とはいえ黄瀬のいる海常に勝ち、そして先日、公式戦で緑間のいる秀徳に勝った。どちらもギリギリの試合結果であり、出来すぎな部分も多いが、単純に言えばキセキの世代である二人に勝ったことになる。青峰が火神を幾らか気にしてもおかしくはない。 青峰は黒子のことは知っていても、火神のことは知らない。だから、火神に接触したのだろう――火神の実力を測るために。 だが。 「対戦相手へのアイサツだとかで、ちっと荒く絡まれるくらい、アメリカのストリートじゃ珍しくもねー。けど、アイツのはそんなんじゃねーんだろーな……。俺に強引に絡んできたくせに、お前のことにやけにこだわっててよ。アイツが気にしてんのは、やっぱ、お前なんだろ、黒子?」 桃井が秀徳戦のビデオを見たと言っていた。 誠凛のエース火神の実力を知りたいだけなら、秀徳戦のビデオを見ただけでも大方わかるはずだ。 青峰が出向いてまで測りに来たのは「誠凛のエース」の実力と言うよりも、おそらく「黒子の新しい光」の実力だろう。仮に誠凛に黒子がいなかったとしたら、たとえ海常や秀徳が誠凛に負けたとしても、青峰は火神にわざわざ接触しなかったはず。決勝リーグで誠凛と戦えばいいだけの話だから。 火神の言う通り、青峰が火神に会った理由はまさしく黒子だ。黒子の「新しい光」がどういう奴なのか、直接知りたかったのだと思われる。 「元チームメイトってことで、黄瀬も、緑間も、お前のことはずいぶん意識してたし。黄瀬はお前をくれとかアホなことぬかしてたが。青峰のアレはそんな冗談のような軽口レベルじゃねーな。俺じゃぁ光が淡すぎて、影のお前が不憫だの、何だの――俺が、お前の『光』ってのをしてるのが、クソ気に入らねー、って感じだった」 光やら、影やら、オマエら帝光中だった奴等はごちゃごちゃ面倒くせーんだよ、と火神は割れた眉を盛大に寄せて文句を吐く。 「光」と「影」――それを言い出したのは緑間らしい。 帝光中独特のものと言うより、おそらく影である特殊な黒子がいたから生じた言い方だろう。そして、誰の目も奪うほど強烈に輝く青峰がいたからこそ、なおいっそう使われた表現でもある。黒子は自分が影だと呼ばれることに違和感はなかった。チームの勝利のために影の役割をし、光である青峰にボールを託すのは、当時の黒子の歓びだった。 「アイツは、お前の昔の『光』だと言ってた。ただ同じチームってだけの言い方には聞こえねー。黄瀬や緑間はそんなふうに名乗らなかったしな」 「――」 「お前ら、中学の時、何があったんだよ?」 青峰との関係については、話せることと話せないことがある。 しかし、現状、火神には黒子の望みを叶えるための相棒――「新しい光」になってもらっているのだ。 ならば、できる限り話しておくべきなのだろう。 「練習を長々と抜けるわけにはいきません……歩きながら話します」 |
| § |
昼間は陽射しが強くなってきたとはいえ、陽が暮れると、六月はまだずいぶんと涼しい。 夏服の半袖で寒いというわけではないが、こんな吹きさらしのだだっ広い会場前では暑さなど皆無だ。 しかし、ここも、あと数日もすれば、インターハイ予選決勝リーグの熱気に満ちることになる。 (……もうすぐ、ここで、青峰君と) 大事をとって、結局、火神は病院で足の状態を診てもらうことになった。 練習を早めに切り上げ、カントクのリコとともに黒子も火神に付き添った。スポーツジムを経営しているリコの父の紹介による、総合病院の外科だ。怪我の多いスポーツ選手などをたくさん診ているそうで、誠凛の選手は何かあればお世話になっているらしい。 火神の足は、今後、無理をしないこと前提で、ギリギリ決勝リーグに出られるかどうかだという。出られたとしても、それはテーピングをしながらの騙し騙しという状態でしかなく、完治とは程遠い。 十年に一人の逸材と言われる「キセキの世代」にも劣らない素質を持つ火神は、その高い素質ゆえに、ときに限界を超えて肉体を酷使してしまうのだろう。秀徳戦がまさにそうだった。頑丈そうな190センチのガタイはあっても、十五歳の高校一年生である。その身体は完成されておらず、まだ脆いのだと、医師が言っていた。 火神の診察の後、リコはまだ用事があると言って病院に残った。そこの総合病院に、リコの知人が入院しているらしい。 黒子は火神と途中まで一緒に帰り、火神と別れた後、一人ふらりとこの会場前にやってきた。 陽が暮れて照明は点いているが、人影はない。だが、「バスケットボールインターハイ予選 東京地区決勝リーグ 6/23(金)から」と書かれた白い垂れ幕が既に掛けられていて、日没後の薄暗がりの中でやけに目立って見えていた。 室内競技大会がよく行われているこの総合体育館は、黒子にとって馴染みのある会場である。帝光中時代に何度かここで試合をした――青峰と一緒のコートに立っていた。 『いつか一緒にコートに立とうぜ、テツ!』 帝光中一年の頃、バスケ部の三軍だった黒子に、青峰は笑顔でそんなことを言った。 居残りの自主練こそ一緒にしていた仲だったが、三軍の黒子にとって、すでにレギュラーだった青峰は雲の上のような存在だった。その青峰と一緒にコートに立つなんてことは、まさに夢のような話だった。 「いつか一緒にコートに立とうぜ」と屈託のない笑顔を見せる青峰に「はい」と頷いても、そんなことが実現できるとはとても思えなかった。 でも。 帝光バスケ部に入って半年が経った頃。黒子は二軍昇格テストに落ちて無力さを思い知り、自分はチームに必要のない存在だと、バスケ部を辞めようとした。 その黒子に、 『チームに必要ない選手なんていねーよ』――青峰は黒子が必要だと言ってくれた。 『あきらめたら何も残んねぇ』――黒子にあきらめないことを教えてくれた。 退部を思い留まった黒子は、二年生になってから一軍のベンチ入りをし、帝光のシックスマンとして青峰と一緒に試合のコートに立つようになった。 あきらめたら何も残らない。あきらめなかったからこそ、夢は叶った。 青峰のおかげだ。 あの頃、夢にまで見て、青峰のチームメイトとして立っていたそのコートに、今度は初めて青峰の敵として立つ。そのことが怖くないと言えば、嘘になってしまうけれど。 (……――) 黒子が望むもの。 (――青峰君) それを得るために、覚悟はもうとっくにしたのだから。 黒子は握り込んだ片手の拳を見おろした。口元が小さくほころぶ。 「火神君は……やさしい、ですね」 『お前ら、中学の時、何があったんだよ?』と訊いてきた火神に、黒子は青峰のことを話した。もちろん、話せないこともあるから、二人の関係の全てではないけれども。才能を開花させて、他の追従を許さないほども強くなってしまった青峰のこと。バスケが好きだからこそ、そのバスケに失望し、「俺に勝てるのは俺だけだ」と、黒子と拳を触れ合わさずに独りで行ってしまった青峰のことを。 そうしたら、火神は。 『おい、黒子、手ぇ出せ』 パーじゃなくて、グーだよ、と黒子に言った。 黒子の拳に――青峰の拳が離れていったままのそこに――火神は自分の拳をこつりと当てた。 『俺に勝てるのは俺だけだ? チョーシのんな、ボケェ!ってぐれーだわ。――さくっと勝って、目を覚ましてやらぁ!』 火神のあれは、黒子への同情やら慰めやらではけしてない。 俺がお前と一緒に戦って、勝ってやる、という意思表示だ。 黒子が火神を半ば利用しているのだと薄々知りながら、火神は黒子に拳を当ててくれた。1on1を青峰としたのなら、青峰の凄さを生で感じただろうに。足の状態だって万全とは程遠いのに。 それでも、火神は黒子と一緒に戦ってやる、と。 「本当に……やさしい人です……火神君は」 握った拳をじっと見おろして、黒子は呟く。 すると、 「あーそーかよ」 「っ?」 思いがけず声が返ってきたのだ。 |
| →(2)へ |
ブラウザを閉じてお戻り下さい