「NBAの話は以前から聞いていましたし……まあ、特に聞いてなくても、いずれはきっとそうなるのだろうと予想していました。ですから――」 |
三人で |
ここは、火神のマンションから一番近いマジバである。 よく晴れた休日ののんびりとした空気の中、客達の雑然とした談笑が四方から聞こえてくる。火神と黒子は店内の四人掛けの席に向い合せに座り、遅めの朝食をとっていた……のだが。 「――」 なぜ、この男がここにいるのだろう、と火神は思う。 しかも、そいつは黒子の隣席に座っている。 いや、火神の隣に座られても困るから、必然的にこの席位置になるのだろうが。それにしたって、浅黒い片腕を黒子の背凭れのほうへと大きく回し置き、長い脚を通路に向けて横柄に組んで、まるで黒子の彼氏然として、そいつは火神の向かい側に座っているのである。 その上。 「……おい、青峰」 「あ?」 「てめぇ、さっきから、黒子のバニラシェイクを勝手に飲んでんじゃねーよ!」 「ハァ? いーだろ、そんくらい」 「……僕は別に構いませんが。まあ、あまり飲まれて足りなくなったら、青峰君に新しいのをおごってもらいます」 「ホラ、テツもいーってよ」 にやりと笑って、青峰は黒子が口を付けていたストローに自分の口を付け、無遠慮にズズりと吸っている。 「でも、青峰君、そろそろ返してください。僕も飲みたいんですから」 黒子にそう言われ、「悪ぃ、悪ぃ」と青峰は今度は黒子の口内へと自分の唾液に濡れたストローの先を差し戻す。 なんてイラつく光景だ。 足りなくなったらおごればいいとか、そういう問題ではないだろうに。 「だいたい、青峰、お前、何でここにいんだよ」 ここは火神のマンションから一番近いマジバなのに。 「ああ? ロードだよ、ロードワーク! ロードの途中で腹へったから、ここで朝メシ食ってるだけだろ」 「ロードってよ……」 再三、繰り返すが、ここは火神のマンションから一番近いマジバである。 「てめぇの家からここまでどんだけ距離あんだよ」 「さぁなァ、距離なんて知んねーよ。まー、ダッシュとペースダウンの交互で、三、四時間くらいは走ってたか」 走りすぎだろーが、と火神は呆れる。 火神達が誠凛を卒業して約三ヵ月である。 昨日は、誠凛バスケ部のOB達による、現役レギュラーへの激励会だった。 そのことを青峰は黒子から聞きでもしたのかもしれない。激励会後に黒子が火神のマンションに泊まるだろうことを察して、わざわざここまで来たのか。 それでも、昨日は火神達の邪魔をせず、今朝になってから現れたのは、青峰なりに黒子へ一応の配慮をしているのだろう。加えて、昨日は大人しく黙っててやったんだから、今日は許さねぇぞという、火神への牽制と意思表示か。 (わっかりやすい野郎) いや、あえてわかりやすくしているのかもしれないが。 「……あの、二人とも」 火神と青峰の両者を見遣って、黒子が言う。 「僕の話を続けてもいいでしょうか? 結構、重要なので、ちゃんと聞いて欲しいのですが」 「えっと、な、なんだっけ?」 「あん?」 「留学の話です。僕の大学は留学支援制度がすごく充実してまして。毎年、かなりの学生がロサンゼルスの姉妹大学に交換留学に行っています。今年、僕もそれに申し込みました。留学させてもらうのにもそれなりの試験があり、それが通るかわからなかったので、ちょっと二人には言い出せなかったんですけれど。なんとか合格をいただけました。向こうの学期は九月から始まりますから、八月下旬には僕も渡米する予定です」 淡々とあまり抑揚もなく続けられる黒子の話。 にわかには理解できず、理解しようと努めたら、それはまるで夢のようで信じ難い。 火神は、青峰の存在も、テーブル上の山盛りバーガーのことすらも忘れて目をまたたく。 「僕は自分では小説を書けませんけども、できれば、将来は向こうの文学の翻訳などに関われたらいいなと思っています。だから、アメリカへの留学を見据えて、今の大学に入りました」 NBAを目指して、火神はこの九月からアレックスが紹介してくれたアメリカの大学バスケチームに入ることになっている。「一緒にアメリカに行って欲しい」と、火神はそれを黒子にずっと言い出せなかった。都内の大学に入学したばかりの黒子に、そんなこと言えやしなかった。 でも。 あまりに思いがけない黒子の話。言葉も出せずに黙っていると、黒子が少し自嘲を寄せた。 「それに、本音を言うと……なるべくなら離れたくないんです。遠距離になったから関係が駄目になるとは思いません。でも、やっぱり、傍にいたい――僕のわがままです。いずれはNBAを目指してアメリカに行ってしまうのだろうと、わかっていました。さすがにNBAにまでは付いて行けませんけれど……アメリカになら、僕も行けます」 そう言って、黒子がにこりと微笑んだ。 「……くろ、こ」 黒子がそこまで考えて今の大学を選んだとは、火神は思わなかった。あんなに受験勉強していたのは、そのためだったのか。柄にもなくジンと胸にくるものがあり、山盛りバーガーの向こうに座る黒子の笑顔に、火神が片手を伸ばし掛けたら。 「そうか、テツがそこまで考えていたとはよ……」 ハー、とした感慨深そうな嘆息を青峰が吐き出す。黒子の背凭れに回し置かれていた浅黒い腕が、黒子の肩をぐいと力強く抱き寄せた。 「わかった。アメリカで俺と一緒に暮らそうぜ、テツ」 「ッ? おい、ちょっと待てよ、青峰っ!」 ガタリと火神は立ちあがる。 「ンだよ。てめぇのバーガー落ちたぞ、火神」 「なんで、お前と黒子がアメリカで一緒に暮らすことになんだよっ?」 「あ? テツの話、聞いてなかったのかよ。テツはいずれNBAに行く俺の傍にいたいから、今の大学を選んで、アメリカ留学する、っつてるじゃねーか。こんないじらしい話はねーぜ……一緒に暮らすに決まってんだろ」 「ソレ、おかしいだろ。NBAに行くって話は俺のことじゃねーのか」 「? なに、お前も行くつもりなの? NBAに?」 「お前もって――……」 「――」 「――」 バニラシェイクをちゅーと吸い込んで黒子が言う。 「二人とも行く予定だと僕はうかがっています。君達って、実はけっこう気が合いますよね」 「――」 「――……」 実はけっこう気が合う。 そりゃ、バスケスタイルもどこか似ているし、好きになった奴も同じだ。おまけに、生まれた月も同じらしい。 なんだか嫌な予感がしながら、火神は床に落ちたバーガーを拾い、席に座り直す。 「NBAを目指すならよ、まずはどっかの大学チームにでも入んだろ? ドラフトは十九歳からだって聞いてっし。アメリカって言っても、スゲー広いから、別に俺と青峰が同じ場所ってわけでも……」 「俺はロスに行くぜ。まあ、レイカーズの地元だしな」 「っ!」 ロサンゼルス・レイカーズはNBA最多優勝回数を誇る最強のチームである。たくさんの歴史的なスーパープレーヤーを輩出している。 「火神はどこだよ?」 「俺の親父がロスに住んでんだよ。つーか、元々俺はロスから来た帰国子女だし、ロス以外に考えてねーよ……」 「――」 「――」 黒子がバニラシェイクをちゅーと吸って、また言う。 「二人ともロスに行くとうかがっていたので、僕もロスに留学を決めたんです。君達って、本当、気が合いますよね。なんだか羨ましいです」 羨ましくなんか全然ねーぞ、と火神は反論したい。 嫌な予感があまりにも当たり過ぎだ。青峰もまた眉間に皺を寄せている。 「あー……なんか、だんだん状況がわかってきたわ。ま、どっちもロスに行けばいいんじゃねーの? テツがロスに行くんだからよ。けど、てめぇは親父と暮らせよ、火神。俺はテツと暮らすから」 「なんでそーなんだよっ?」 「そりゃ、てめぇの親父がロスにいるからだろ? ここは親孝行してやれって!」 何が親孝行だ。微塵も心にないことをてめぇの都合よく言いやがって、と火神は気色ばみ、青峰を睨む。 「黒子がいんなら親父とは暮らさねーよ。つーか、てめぇが黒子と二人で暮らすのだけは、絶対させねぇかんな」 カハ!と青峰が口元を歪めて嗤う。 「させねぇ、って、ンだそりゃ」 「いいかげん、元彼は引っ込んでろよ。黒子は俺と暮らす。俺はアメリカに慣れてっし、言葉も不自由しねぇし、俺と暮らしたほうが黒子にとってもいいだろ」 「――。おい、誰が元彼だ……」 青峰の声色が低くなり、気配ががらりと変わった。眉間の皺がいっそう深々と刻まれ、火神に返してくるその視線が一段と鋭利な剣呑さを増す。 「俺は今でもテツの今彼だ。てめぇこそ、引っ込んでろよ、二号」 ……二号? って、犬のことだろうか、と火神が思ったら。 「テツの本命は俺。てめぇは所詮スペア、二号だろ?」 ビキッ、と火神のこめかみの筋が引き攣る。 目の前のこの浅黒い野郎への腹立たしさは限界だ。ああ、もう我慢ができない。 「……てめぇ、ケンカ売ってんのか、アホ峰」 「おー、売りも買いもしてやんぜ? バカ神」 「おい、表へ出ろっ」と凄んで火神は再び腰を上げ。 「ハハ! 面白ぇ」と嗤いながら青峰も立ち上がる。 上背190センチ以上の二人の男が険悪そうに睨み合いながら立ち上がったので、マジバ店内の他の客達が、なんだ、なんだ、ケンカか、と興味の視線を向けてくる。 が。 バニラシェイクの残りがもう少ないのだろう、ズズっと黒子が少し音を立ててストローを吸った。 「バカくんも、アホくんも、ずるいですよ」 バカくん。 アホくん。 「神」と「峰」すらも省略して呼ばれ、しかも、ずるい、などと言われて、二人の男は黒子へと視線を戻す。 「そうやって、僕を置いて、二人きりでバスケを楽しみに行くつもりなんですね? 仲間外れにしないでください」 「えっ。あ、いや、黒子……」 「……テツ、そんなんじゃねーよ」 ここのマジバの前には公園があり、簡易な屋外コートも設置されているのだ。火神の言った「表へ出ろ」や、青峰の言った「面白ぇ」は、取っ組み合いの殴り合いをするということではない。二人が売ったのも、買ったのも、当然バスケでの1on1(ケンカ)である。 「言っておきますけれど、僕は、火神君とも、青峰君とも、一緒に暮らすつもりはありません」 「は?」 「あ?」 「せっかくのアメリカ留学ですし、この機会に一人暮らしを始めてみようかと思ってるんです」 「……!」 「……っ」 いかにも険悪なケンカ腰の雰囲気で席を立ったはずの男二人は、無言で顔を見合わせると、今度は少し深刻そうな雰囲気で互いの席にゆっくりと静かに座り直した。 「黒子、お前がアメリカで一人暮らしなんて駄目だ。何かあったらどーすんだよ」 「ああ、テツ一人じゃ、絶対ぇ危ねぇよ。襲われるかもしれねーだろ」 「……何かあったらとか、襲われるとか……君達は僕を何だと思ってるんですか。僕は十八歳の男です。アメリカで一人暮らしするくらい平気です」 だいたい、僕に襲いかかってくる人なんて、君達くらいなものですよ、と黒子が不満そうに口を尖らす。 火神は黒子を襲ったことなど一応ないはずだが――今までのは全て合意だったし、黒子も積極的に応じてくれるし、無理やりな行為は一度もなかったはずだけども――青峰はやはりそういうこともあるのだろうか、と火神はチラと褐色の顔を見遣る。 と、その青峰とまたしても視線が合ってしまった。 おい、テツをなんとか説得しねーといけねぇぞ、と言わんばかりの青峰の真剣な眼に、火神も視線を返す。 「お前が俺らと同じ十八の男なのはわーってるよ、黒子。けど、やっぱ腕っぷしや体格が全然違うだろ」 「テツは女みたいに背ぇ低いし、腕だってすげぇ細ぇし、おまけに色もやたら白ぇし。もう襲ってくれと言わんばかりじゃねぇか。つーか、襲うぞ」 「あ、の、で、す、ね……! 僕は日本男子のほぼ平均身長です。周囲を見てください。君達が規格外にデカいだけです!」 「そりゃ、あくまで日本での話だろ。アメリカじゃ、そうはいかねぇ」 アメリカは銃社会であり、本当は火神ほどの体格があっても危ないときは危ない。ヤバいときはヤバいのだ。ましてや黒子みたいな華奢な体型だと、相手に侮られるぶん襲われやすいというのは本当である。言葉が不自由なことも状況判断がまともにできなくて、とても不利である。男であっても、そんなことは関係ない。 影の薄さを利用したミスディレクションが黒子にはあるとはいっても、一人暮らしなんてさせられるわけがない。 「おら、テツ。アメリカ帰りの火神もこう言ってるしよ、向こうでの一人暮らしだけは絶対やめろ。テツがそんなんじゃ、安心してバスケやってられねーぜ」 「そうだぜ、黒子。ほら、青峰もこんなに心配してんじゃねーかよ。お前の一人暮らしだけは駄目だ。NBAを目指すどころじゃなくなっちまうだろーがよ」 「火神が言ってんだから、ここは聞いとけ」 「青峰のためにも、あんま心配させんなよ」 「な? テツ」 「な? 黒子」 「……君達は……何なんですか! 気が合い過ぎじゃないですかね。ヘンなときにだけ二人で協力し合わないでください!」 「いや、協力し合ってはねーよなぁ?」 「おう。意見がたまたま一緒なだけだ」 空になったバニラシェイクのカップをテーブルに置いて、黒子が、はー、と嘆息吐く。 「わかりました……二人にそうまで言われるのなら一人暮らしはやめておきます。でも、君達のどちらか一方と暮らす選択は、僕にはできません」 だから、と黒子が火神と青峰の両方を交互に見て言った。 「三人一緒ではどうですか」 |
| 以上、サンプルでした。 |
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