「愛してる」と初めて言った。

第一章 君のキセキを
(KUROKO)





 落ち着いたBGMに混ざって、カチャリと食器の音がする。

「黒子君ー」
「あ、はい」
「そろそろ時間だよね。交代の子、入ってるし、あがってもいいよー。お疲れさまでした。来週もよろしく!」

 バイト先のカフェの店主にそう労われて、黒子は店の奥で店用のエプロンを外す。「お先、失礼します」と定番通りの挨拶をして、そのカフェを後にした。
 東京の街は既に陽が暮れているが、十九時台のこの時分は人の行き来が雑然と多い。街路も駅も会社帰りのサラリーマンやOLであふれているし、飲食店のみならず、どこの店舗もまだ営業時間内で照明が煌々と明るかった。主婦層を狙っているデパ地下辺りも夕方最後の投げ売りセールで賑わっているだろう。特に今日は週末の金曜日なので、街は開放的な雰囲気に包まれていた。飲み屋にとっては、一番の稼ぎ時となる曜日に違いない。陽気な談笑とともに店を出て、早くも二次会の店を物色しようとする飲み集団もいる。
 黒子はそんな金曜日の宵の雑踏をするすると縫って、道沿いの本屋に立ち寄った。バイト帰りになんとなくいつも寄ってしまう本屋である。黒子が本屋で手に取るものと言えば、やはり小説が大半だけども、最近は英語の指南書や英語圏の原本小説などもよく買っている。
 それから、この日は――。

……あ、)

 この日は、バスケット専門雑誌の月刊バスケットマガジン、通称「月バス」の発売日だった。本日発売のポップとともに雑誌コーナーに置かれている今月の月バス。その表紙をピン(一人)で飾っているのは、全日本のユニフォームを着た自信満々の顔をした浅黒い姿である。『天才スコアラー青峰大輝のすべて 徹底検証!』などと大袈裟な煽り文字が横で躍っていた。

「もう、なんですか、この偉そうなドヤ顔は」

 軽い憎まれ口を小声で綴りながら、しかし、眺めていると、頬と口周りの筋肉がどうにもゆるゆる弛んでしてしまう。赤面までしてしまいそうな心地に、黒子は片手で己の口元を押さえた。覆い隠したその手の中で、「……かっこいいです」とさらに小さく付け足す。
 かつて帝光中で「キセキの世代」と呼ばれ始めた頃から、青峰の記事が月バスに掲載されるのは珍しいことではない。でも、「キセキの世代」としてのあの頃の記事は、五人全員のものがどうしても多かった。他のキセキ達がバスケをやめて、青峰が全日本の代表選手に選ばれるようになってからも、その全日本チームとしての特集が大半だった。無論、エースでありスコアラーである青峰は、中でも大きな扱いをされていたが、こんなふうに青峰だけのピン写真で月バスの表紙を飾るほどになったのはここ最近である。これで指折り何度目かというところだった。
 なんとなくドキドキしながら手に取って、めくってみると、さすがに青峰個人の特集なだけはあった。懐かしい帝光時代のものから、桐皇学園時代のもの、それから最近の写真などが戦歴データとともにずらりと並んでいた。青峰のインタビュー記事なども載っていて、青峰がいかにも言いそうな内容もあれば、こんなこと言わない気がするけどなと思うようなことも含まれている。編集した記者の脚色もある程度は入っているのだろう。
 その記者のコメントとして、最後に、
『天才スコアラー青峰大輝、日本男子バスケットを、四十年ぶりの五輪本選出場へと導けるか。期待が膨らむ――!』
 そんな言葉で記事が〆られていた。
 日本の男子バスケットは、ここ四十年オリンピックの予選を勝ち抜けられずにいる。それほども日本バスケット界のレベルは国際的に低かった。だが、その日本男子バスケが先回のアジア大会で優勝している。しかも、決勝戦ですら圧倒的な点差による余裕の勝利だったのだ。今度こそはオリンピック本選にも、という大きな期待が全国のバスケットファンの間で広がっている。もしも本選出場が叶ったのなら、四十年ぶりの快挙と呼ばれるだろう。メダルをという声まではさすがに出てはいないが、入賞は狙えるかもしれない、というのが今のところの専門家の評だった。
 そのオリンピックの予選大会が七月に始まる。

……。バイト時間、増やしたほうがいいでしょうか」

 アジア大会には現地まで応援に行った。オリンピックにも、もちろん応援に行きたいと黒子は思っている。いや、絶対に行く。けれど、応援旅行はなかなかに物入りなのだ。アジア大会程度ならばともかく、オリンピックともなれば、観戦用のツアー料金は跳ね上がるに違いない。
 月バスの他ページをぱらぱらとめくっていると、今の中学バスケや高校バスケの記事も載っている。帝光中は相変わらず名門強豪校であり、記事にされることも多い。「キセキの世代」が全中三連覇をした頃のような強さはないが、それでも全中で毎年上位に名を連ねている。高校バスケでは京都の洛山が他の強豪校よりも頭一つ分強いようだ。それに次ぐのが東京の桐皇学園だろうか。黒子が卒業した誠凛も東京地区の新三大王者(桐皇・秀徳・誠凛)に名を連ねていて、今ではバスケ強豪校としての認識がなされている。スカウト等をほとんどしていない誠凛がそうなれたのは、中学バスケで活躍した選手達が誠凛高バスケ部を選んでくれるようになったからだ。その大半は火神の存在に寄るところが大きい。
 ぱらぱらと巻末までめくっていくと、来月号の予告が『青峰大輝と並ぶ日本のダブルエース エアウォーカー火神大我特集!』になっていた。どうやら来月号は火神の特集らしい。
「――……
 かつて黒子の光をしてくれた二人はますます眩しく輝いて、今や日本バスケット界を大きく照らしている。
 二人が出場するだろうオリンピックには絶対に現地まで応援に行きたいし、やっぱりバイト時間を増やそう、と決めて、黒子は月バス雑誌を閉じた。
 火神特集の来月号も黒子にとっては見逃せないが、まずはこの大事な今月号を買わねばと、手にしている月バスを書店のレジへと運びかける。が、ふと思い立ち、同じものをもう一冊を手に取った。
 結局、この日の黒子は月バス二冊をレジへと運んだ。


§


 黒子が青峰とただの「部活仲間」の一線を越えた特殊な関係になったのは、中二の頃である。ただ、その中学の後半にいろいろと問題があったせいで、しばらく離れてしまい、その二人の関係が元に戻ったのは高一のウィンターカップ後だった。
 いや、二人の関係が元に戻った、というのは微妙に違うのかもしれない。一度離れてしまった経験があるだけに、互いの執着の度合いは中学の頃よりも増している気がする。
 その後も小さなケンカなどを何度か繰り返したけれど、いずれも三日以上は堪えられないかのように仲直りしてしまう。黒子はちょっと頑固な性格で、青峰のほうはやや勝手で強引な面がある。黒子が細い腕で突っぱねていても、大抵は青峰の強引さに押し切られてしまいがちだ。青峰のそんな身勝手で嵐のような求めに黒子がついほだされてしまうのも、ある種の惚れた弱みというものか。
 そんなふうに二人の仲は数年続いてきた。

 今、二人とも大学四年生である。
 高校卒業後、二人は都内の別の大学に進学した。と言っても、青峰はバスケのスポーツ推薦で、黒子は一般受験である。便宜上はその大学のカリキュラムに沿っているはずの青峰だが、学業の授業らしきものはほとんど免除されていて、毎日がバスケ三昧でいられるらしい。
 そして、大学二年のときに青峰は家を出て一人暮らしを始めた。その大方の目的は、「一緒に住もうぜ、テツ」だったようだ。火神が高校の頃から一人暮らしをしているのを見て、どうも青峰はそれが羨ましかったようである。高校当時、相棒として黒子が火神のマンションに気軽に出入りしていた件も、もしかして関係あったのかどうなのか。
「一緒に住もうぜ」と青峰には言われたものの、黒子としてはそう単純にはいかなかった。自宅も大学も都内にあるのに他の部屋をわざわざ借りて青峰と住むような状態を、家の者にどう説明したらいいのかわからなかったのだ。結局、黒子は、住所そのものは自宅に置きながらも、青峰のその部屋に頻繁に通うという形に落ち着いている。もっとも、自宅へ帰るより青峰の部屋で泊まる割合のほうが最近はずっと多くなってしまっていて、完全ではないにしても、半分くらいは同棲しているようなものだろう。
 家の者には、いつも青峰の部屋で泊まっていること自体は言ってある。二人の特殊な関係については伝えていないが、黒子があまりにも頻繁に青峰の部屋に入り浸っているから、何かしら感付かれているような雰囲気は少しある。何も訊かれはしないけれど。

 ――そんな青峰のアパートの扉前である。
 黒子は合鍵ももちろん持っている。開錠してドアを開け、靴を脱ぎながら照明を点けた。

「ただいまです」

 誰もいない静かな室内。部屋主はまだ帰宅していない。
 実はここ二週間ほど黒子は自宅のほうで過ごしていて、この部屋に来るのは二週間ぶりになる。というのも、青峰が全日本の合宿中でずっと留守だったからだ。その青峰が、今日、合宿から帰ってくる予定だった。合宿明けの打ち上げがあると青峰からメールが来ているし、青峰が帰宅するのは深夜になるだろうか。
 黒子はコンビニで買った軽い物で夕食を済ませ、シャワーを浴びた。それから、ハサミ、ノリ、スクラップ帳を出して来て、ソファーで今日買ったばかりの月バスを開く。
 月バスを二冊買ったのは、一冊は切り貼り用で、もう一冊は保存用にするためだ。今月号はせっかくの青峰特集だから、保存用も欲しかった。スポーツ雑誌や新聞に載った青峰関連の記事を切り取って、毎度スクラップ帳に張り付けている。もうこの数年の黒子の習慣めいたものだ。最近は記事にされることが本当に多くて、スクラップ帳が厚くなるばかりである。青峰がオリンピックに出ることになれば、またいっそう厚みが増しそうだ。
 そして、オリンピックの後は――。
 青峰が全日本の合宿に出掛ける前日、久し振りにキセキの皆と飲み会をした。そのとき、青峰のNBA行きの話が出た。青峰は既にロスの某NBAチームと契約している。チームに正式参加するのはオリンピック後になる予定だ。
 つまり、夏季オリンピックが今年の夏に開催され、それが終わったら、そのすぐ秋にロスへ、ということである。
『で、渡米するときにはテツヤも連れて行くのかな』
 赤司のその質問に、青峰は躊躇もなく、
『ああ、当然連れてく』 
と答えていた。
 月バス表紙の、いかにも自信満々という青峰の顔。

『当然連れてく』

「君にとっては……当然、ですか」
 黒子にしてみれば、それは寝耳に水の話だった。
 青峰が今年の秋からロスのNBAチームに参加することはもちろん知っていたが、黒子自身が青峰と一緒にアメリカに行くとか行かないとか、そういった話を青峰とちゃんとしたことが今までなかったものだから。
 青峰がいずれアメリカに行くだろうことは前々から予想できていた。だから、自分もいつかはアメリカにと英語の勉強をしてはいたけれど。それは「いつか」のことであり、こうも直近とは黒子は思っていなかった。青峰がアメリカに行ってしまったら、自分も何らかの機会を得てアメリカに行こう、くらいの、のんびりした気持ちでいたのに。
 それがいきなり今年の秋に『当然連れてく』だ。
 でも、考え様に寄っては、時期的にはけして悪くない。
 黒子は、今、大学四年生だ。卒業に必要な単位は既に取ってあるから、あとは卒論さえ提出すれば、秋以降は大学に通わなくても問題なく卒業できるだろう。この先の自分の進路をどうすべきか少し迷っていて、いずれアメリカに行くことが前提ならば、身が縛られてしまう日本企業に就職するよりも、大学院にでも進んで、そこでアメリカ留学の道を探ろうかと思っていたところだった。
 だが、そういった留学みたいな形をとらずに、ただ青峰に連れられていきなりこの秋にアメリカに行くとなったら、今度こそきちんとした説明を親にしないわけにはいかなくなる。それに、このまま青峰に流されるかのようにアメリカに行ってしまうことについて、黒子としては少し……
(――……青峰くん)
 時刻はそろそろ二十三時を過ぎようとするところ。月バスを眺めて、ソファーでうつらうつらとしていたら。
 ガチャガチャッと玄関が開錠される音がして、目が覚める。

「テーツ!」
 青峰が帰ってきたらしい。

「青峰くん?」

 黒子はソファーから腰を上げて玄関まで青峰を迎え出ようとしたが。玄関から上がってくる青峰の足のほうが早かったようだ。黒子が部屋をちょうど出ようとしたところで、
「っ、ぁ」
「テツ」
 浅黒い腕にもう抱き込まれた。
 ショルダーのスポーツバックがぼすりと床に落ちる。
 黒子の背腰をがちりと囲い込む力強い腕の感触。大きな手で髪を後頭部からわしゃりと掻き撫ぜられて、首筋に青峰の顔をうずめられる。

……ハー……二週間ぶりのテツ」
「お帰りなさい、青峰くん。合宿、お疲れさまでし――」

 笑んで黒子が青峰を見上げたら。すかさず、はむりと唇に食い付かれた。それにちょっと意表を突かれている間に、顎をさらに高く持ち上げられて唇を強く押し付けるように密着させられる。口腔の奥までも深々と浚うように奪われていく。
「っ、ん……っ」
 青峰の唾液と吐息に混ざっているほんの微かなアルコールの匂い。合宿明けの打ち上げがある、とメールに書かれていた。乾杯くらいの飲酒はしているのだろう。そのとても微かなアルコール臭が、二週間ぶりになる青峰の厚みのある舌と唇の熱に絡んで、しらふの黒子をくらりとさせる。

「は……っ、テツ」
 ひとしきり満足できるまで黒子の口内をまさぐってから、やがて青峰が吐息とともに唇を離した。その青峰の目端に、ソファーの上の雑誌が映ったようである。

「お。今月の月バスか。今日、発売日だっけ?」
「はい」
「今月号は俺の特集なんだよなー。事前に見本誌を見せてもらったから、内容はだいたい知ってんだけどよ」

 ソファーに寄って、青峰が月バスを拾い上げた。

「『天才スコアラー青峰大輝のすべて 徹底検証!』だってよ。なんか、すげー文句だよな、これ」

 己の写真で飾られた月バスの表紙を眺め、青峰が苦笑する。

「『青峰大輝のすべて』なぁ?」

 内容は見本誌でだいたい知っているからか。ぱららと適当そうにめくりはしたが、ろくに中を見ず、青峰は月バス雑誌をソファーに投げ戻した。そして、黒子のほうを意味ありげに見返り、にやりとする。

「んー……『青峰大輝のすべて』は――」
「? 青峰くん?」
「――テツが知ってます!」
「っ?」

 にやにやと笑う青峰に黒子は腕を引っ張られ、さらに腰下から持ち上げるように身を抱き上げられた。

「っ! ちょっ、青峰くん……っ?」

 黒子の身を運んで、青峰はベッドルームへと移動する。
 ここの間取りは1DKだ。基本、ダイニングルームとベッドルームの二部屋である。火神のマンションのような豪華な広さはないが、大学生が一人で借りて住むものとしてはまあまあ贅沢なほうだろう。部屋の賃貸料は親からの援助ではなく青峰自身が払っている。大学生になり、全日本にも加わるようになってからスター選手扱いされるようにもなってきて、まだアマチュアながらも取材その他による収入がそれなりにあるらしい。青峰が大学二年から家を出てこの部屋を借りるようになったのは、そういう収入面の余裕のせいもあるのだろう。
 そして、今年の秋からアメリカのNBAチームに加わるとなったら、いよいよプロ選手だ。アメリカのプロスポーツの契約金は、日本とは桁違いの額になる。もちろん、それだけシビアな世界でもあるが。

「『青峰大輝のすべて』は――」
 黒子は青峰のベッドにひょいと放り下ろされた。
「ッ、ぅわ……!」
「――テツが知ってまーす」

 黒子の体重が投げ下ろされた反動で、黒子の腰下のベッドマットのスプリングがゆさゆさと揺れている。派手に揺れている間はどうしても身を起こしにくいものであり、しかし、揺れが治まってきた頃にはもう黒子は青峰によって半ばのし掛かられている。

「もっ、いきなり……こんなっ、君、まさか酔ってるんですか」
 ふざけているのか何なのか。ワケがわからない心地で黒子が青峰を睨みあげたら。
「いや、そんなには酔ってねーよ? わりと冷静」
 逆に、真摯なほどのやさしい笑みを青峰から注がれた。
「青峰、くん……?」

 息も届きそうな間近で、青峰の手が黒子の頬をすり撫でる。浅黒い親指が何度も恣意的に唇に触れてくるので、それに促されるように黒子が少し口を開けたら、青峰の唇がすぐに寄せられる。でも、深いキスはしてこない。唇同士が触れ合わさったまま青峰がまた言う。

「なあ、『青峰大輝』の――俺のすべては、テツだけが知ってんだろ」
…………
「テツだけだ」
……ぁお、みねく……
「な? お前だけ」

 キスをしながらのそんな密やかな睦言に、黒子は早くも蕩(とろ)かされてしまいそう。唇を唇で何度も撫でられて、それから青峰の唇は黒子の首筋へと這い降りていく。
 まさか酔っているのかと青峰に訊いたけれど。上機嫌そうにふざけていたって、青峰が酔っているはずがない。わかっている。「いや、そんなには酔ってねーよ? わりと冷静」という先刻の青峰の言葉は、その通りなのだろうと黒子も知っている。微かなアルコールの匂いがするが、量は飲んでいないはずだ。
 飲もうと思えば、おそらくかなり飲めるだろうに。青峰は一定量以上の酒はけして飲まない。どんなハメを外した飲み会でもそうである。二日酔いとか飲み過ぎとか体に何らかの悪影響を及ぼすような飲み方は絶対にしない。日々の食事も、黒子と比べたら遥かに食べるけれど、食べすぎるということはまずなくて、身体作りに適した栄養バランスに気を遣って摂生もしている。そういうところ、青峰はアスリートとしてかなりストイックなのだ。一時的にバスケの練習をサボっていた中高のあの頃でさえも、筋肉や持久力が落ちないようにロードワーク等の基礎練だけは欠かさずしていたほどである。高校を卒業してからは、そのストイックさがいっそう増してきている。
青峰大輝のすべては――テツが知っている、と。
 青峰のそんなことまでも黒子は知っている、わかっている。青峰の言う通り、それは黒子だけが知っている青峰のことだ。 そして、黒子のすべても、もちろん青峰がだけが知っている。青峰しか知らないこともきっと多い。

「っ、ん……っ、ぁっ」

 黒子の股内に青峰の唇が吸い付く。片脚を膝裏から高く持ち上げられ、青峰の前で股を開かされて、その脚の付け根のきわどい処に幾つも吸い付かれては紅い痕を付けられる。
 中学の頃から、股内にはよくこうして痕を付けられていた。バスケのユニフォームを着ていてもあまり目立たないところとなると、そんな箇所しかないからだろう。その分、そこばかりに執拗に付けられることが多くて、しかも性器の傍であるだけに黒子はいっそう堪らない。
 バスケットボールをいつも自在に操る青峰の長い指が、黒子の奥を探って淫靡に蠢いている。ぬめる内壁をくいくいと引っ掻くように弄られると、持ち上げられている黒子の片脚が弱々しくも震えてしまう。

「ッ……ッ、や……っ、ぁお、みねく……っ」

 黒子自身はとうに勃起していて、先刻から涙のような汁を幾筋も垂らしているのに。青峰の口唇は黒子の股内の付け根の骨をカリと甘噛みし、その周辺の肌に吸い付くばかりで、性器にはあえて触れてくれない。
 煽られているのに、ひどく焦らされている。

「ひ、ン……っ」

 埋め込まれた指二本が黒子の奥のほうを派手に掻き回す。そうしながら、入口の敏感なふちを親指が指圧を込めてなぞってくる。性器に近い肌に吸い付かれている感触と合わさり、黒子はもうおかしくなりそう。
 一番肝心なところに刺激が欲しくて、そこを解放して欲しくて、黒子の手が勃起した自身へとついに伸びた。
 が、その手を青峰に捕られて阻まれる。

「ッ、あぉ、っ」
「ぅん? イきてーの?」

 捕られたその掌に、ちゅ、と甘い音を立ててキスされた。そんな掌への刺激すら今の黒子は感じてしまうのに。

「も……っ、あおみねく……っ」
「ああ、俺がイかせてやるから」

 青峰が笑う。
 その吐息とともに、欲しかったところに青峰の唇がようやくおりてきた。
 先走りを滲ませる亀頭に口付けられただけで、黒子の腰がびくりと跳ねる。熱い舌でやわらかに舐め回されて、まるで甘やかされているかのよう。煽られて焦らされていた分だけ、すぐにも達しそうになるのに。根元を巧く留め押えられ、昇り詰められない加減のまま善がらされてしまう。
 黒子の内部を擦り犯している青峰の指の動きも、口淫に合わせてゆるりとした愛撫に変わっていた。しかも青峰が知る黒子のいいところばかりを絶妙に触れ撫でてくる。
「ふ……ぁっ、ぁっ、あ……ん」
 じんと脳髄が白く滲む心地よい波が少しずつ嵩んでいく。もはや快感の痺れで四肢がまともに動けなくなるほども、どっぷりと浸らされた挙句に黒子はイかされた。

「――テツ」

 思考と身動きをすっかり溶かされてしまった黒子のそんな吐精後に、青峰が自身の下肢の着衣を弛めながら言う。

「なあ、オリンピックが終わったらよ、俺、テツんちに挨拶しに行くから」
……?」

 茫洋と痺れた頭でそれを聞いて、何のことかと黒子は首を傾げた。が、青峰の次の言葉ですぐにわかった。

「秋に、お前をアメリカに連れてっちまうからよ、ちゃんと挨拶しとかねーとな」
……!」

 約二週間前にキセキの皆と集ったときに出た話た。今年の秋からNBAのロスのチームに正式入団する青峰が、赤司の質問に対して答えていたこと。
『で、渡米するときにはテツヤも連れて行くのかな』
『ああ、当然連れてく』
 青峰は当然だと答えていたが、黒子にとってはまるで初耳だった。あの後、青峰はすぐに全日本の合宿に行ってしまい、その件についてはまだ青峰とまともに話せていなかった。

「あの……本気、ですか……僕を連れてくって」

 コンドームの封を切ろうとしていた青峰が、ぴく、と眉を蠢かして黒子を見遣る。

「俺が本気じゃねーって、テツは思ったの?」
「いえ、そういうことではなくて……

 青峰が本気なのはわかっている。
 ただ、黒子としては突然だったし、青峰に連れて行かれる形でアメリカに行ってもいいのだろうかという迷いもあるのだ。もちろん、青峰の傍にずっといたい。離れたくないとも思っている。でも、できれば、青峰に寄りかかるのではなく、黒子は黒子として自立していたいとも思っているから。このままの状態でアメリカに連れて行かれたら、まるで青峰に寄生しているかのようだ。
 青峰はそれでいいと思っているのかもしれないけれど。

「君が秋に渡米するのはもう決まってることですけど。僕はその……もう少し後に、というわけにはいきませんか? 近いうちに必ずアメリカには行きますから」
「――」

 せめて、大学院からの留学とか、そういう形のほうが少しはいいと黒子は思うのだ。
 だが、そんな黒子をじっと見据えて、青峰がコンドームの封を口で切り破った。猛っている自身にそれをおもむろに被せ、その潤滑剤が付着した親指を一度だけぺろと舐める。それから黒子の脚をつかみ、黒子の身ごと引きずり寄せた。

…………あ」
「テツ、俺は待てねぇ」

 黒子の蕩かされた秘部にぬるりとした硬いモノが触れた。脈動を感じられそうなほど熱く怒張している青峰の先端が、黒子のその濡れた入口の粘膜にぬるぬると擦り付けられる。

「ん…………ぁおみね、く……っ」
「テツが傍にいねぇの、俺は無理。合宿の二週間でもキツかったのによ。『もう少し後』とか『近いうち』とか、いつになんのかわかんねぇことなんて、とても待てねぇよ」
「その、なるべく早くには……
「だからよ、テツは行くんだろ? 俺と一緒にだ」
「っ、ぅ、あぉ、」

 ぬるぬると擦り付けられていた硬い先端がほんの少しだけ黒子に埋められたが。そのとても浅いところで二度三度と肉壁を掻き乱されただけで抜かれる。潤滑剤と体液が混ざった粘着質な感触とともにすぐにちゅぱりと離されてしまって、また入口付近にぬるぬると先端を擦り付けられる。

……っ、も……あお、みっ」

 この生殺しのような悪戯な弄りはさすがにワザとだ、と青峰を詰りに睨み上げたら。
 黒子を見おろしている青峰の鋭利で獰猛な笑みに、黒子はどきりとする。

「我慢なんてできねぇよ。俺はお前を連れてくぜ」
「っ、」
「二度と放さねぇよ。なぁ? 一緒に来んだろ?」
「――……
「テーツ、ほら、そろそろ俺が我慢できねぇ、って」

 まるで月バスのあの表紙のような青峰の顔だ。自信満々に笑んで、黒子を魅了する。
 ああ、もう。
 本当にもう。

……行きます、君と……一緒に。だから、」

 入口でぬるぬると燻っていた硬いソレが一気に突き込まれた。下肢から脳髄までも白く貫かれる。その熱い衝撃で躰中が痺れているうちにまた何度も強く突き上げられて、烈しい律動の繰り返しに黒子の両脚が宙を踊る。

「ッア、ア、ア、ぁ――ア……ッ」

 ベッドに投げ下ろされたときのように、マットがまた弾み揺れていた。
 甲高く響く己の嬌声を聞いて、ひたすら揺らされていたら。身を横に捻られて体位を変えられ、振り乱れる汗まみれの髪を大きな手で掻き撫でられた。洩れる嬌声ごと全て受け止めるかのように、青峰に深く口付けられる。 

「は……、テツ」

 ああ、もう、本当に。
 青峰は、強引で、勝手で、自信満々で、傍若無人だ。
 いつもこうして最後には黒子が折れることになる。
 そして、まるで嵐のように烈しく求められて、青峰に溺らされて、その浅黒い腕の中で黒子はどこまでも甘やかされてしまうのだ。




以上、『「愛してる」と初めて言った』のサンプルでした。



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