……ふ、……ぁ」

 汗ばんだ白い喉元が時折こくりと蠢いている。小さな唇から吐き出される息は乱れ、忙しなくて、その呼吸と連動する低い肩と胸が青峰の眼下で繰り返し上下する。
(テツ)
 それはあたかもコートで走り回った後か何かのようだが、上気して染まった白い肌と茫洋とうつろう艶っぽい表情が、明らかに運動時のものは違う。

「ン……ふ、は……ぁっ」

 青峰らと比べて体力のない奴ではあるけれど、いくらなんでもロッカーに背をもたれてただ座っているだけの状態で、こんな風にはならないだろう。
 それは青峰も同様だった。
 躰が熱い。
 手が熱い。
 喉が熱い。
 吐き出す己の息も熱く感じて、頭の中もやたらと熱っぽい。目の前のこいつだけではない。床にただ膝を付けているだけの青峰の呼吸も鼓動も、今はものすごくおかしかった。
 毎日、毎日、バスケのためにどれほど走っているのかわからにほどに青峰は走っている。だから、多少のことくらいで青峰はこんなに息を乱しはしないのに。
 いや、こんなことをしていれば、走らなくても少しおかしくなるくらい青峰は知っている。その経験も一応はあった。クラスの中でも背高いほうで身体的に早熟なぶん、自慰くらいならばもう青峰の日常の一つである。青峰の部屋にはそれ用のグラビア雑誌が山とあるし、だから、これも、わかっている現象なのだが。
 しかし、どうも、青峰が知っているそれらとは、また少し違う感じだった。
 目の前がやたらくらくらして、ワケがわからないほど己に余裕がない。いろいろな自制があまり効かず、底知れない衝動に流されそうになる自分が少し恐くもある。

(ンだよ、これ……

 巨乳グラビアアイドルの女体を眺めて自分で自分を好きに扱いていたって、青峰はこうも己の欲の脈動に翻弄されはしない。自慰の快感を享受していても、どこかで冷静になれる部分が必ずあり、呼吸も鼓動も意識もここまで熱っぽく浮かされやしないのに。
 どうして。

「はっ、ぁ……お、峰、く」
 
 ぬるりとした青峰の掌と指が熱くて震える。
 青峰の下肢も堪らないほど熱を孕んでいる。
 青峰がこいつに――黒子に触れているからか。
 それとも、こいつが青峰に触れているからか。
 今、青峰の手中には黒子の白い性器があり、そして、青峰自身のほうは黒子の小さな手によって同様に扱かれていた。

「あお、峰、くん」

 青峰に性器を弄られて火照った息を散らす黒子が、ほのかに滲んだ水色の双眸で青峰を見上げ、疑問を投げかける。

「あの……僕たち、なんで、こんなことに……なってるんでしょうか」

 かなり根本的な疑問だ。

「な……っ、なんで、って、そりゃよ――」
 
 しかし、青峰は返答に窮した。
 ここは、栄光ある帝光中バスケ部の一軍専用の部室である。外界はとうに陽が暮れて暗く、他の一軍レギュラーの面々も帰宅した後だった。練習熱心な一軍でもそうだから、二軍・三軍の者達については言うに及ばず。バスケ部でまだ残っているのは、おそらく青峰と黒子の二人だけだろう。部室の鍵も預かっている。
 外は闇。照明が煌々と点いた二人きりのこの一軍用部室で、なぜ、二人が互いの性器を扱き合っているのか、と。

「――そりゃよ、えーっと……

 まったくもって、青峰は返答に窮した。
 青峰とて、なんで、こんなところでこんなことなっているのか、よくわからないのだった。



お前しか見えない

第一章 なんでこんなことになっているのか、わからない
(AOMINE)





 三軍だった黒子が一軍に昇格した当初。
 黒子は一軍の練習に付いていけなくて、倒れるどころか嘔吐までも何度か繰り返していた。それまで三軍のゆるい練習しか経験しておらず、間の二軍をすっ飛ばして一軍に放り込まれたのだから、無理もないだろう。一軍の全体練習が終わった後、青峰が居残り練習に黒子を誘おうとしても、黒子は蒼白な顔をしてふらふらと帰っていく。そんな黒子を、青峰はしばらく見送るしかできなかった。
 しかし、最近、少しずつだが黒子も一軍の練習にようやく慣れてきたようである。相変わらず体力がなくて、一軍の練習中に倒れることはまだまだあるのだが、以前よりはかなり少なくなってきていた。一軍に昇格後は烈しい練習と嘔吐のせいか、一時期痩せたように見えた黒子だけども、今は小食ながらも昼の学食をちゃんと食べている。顔の丸さもかなり戻ってきたようだ。

 そして、二週間前である。
 黒子が青峰を居残り練習に誘ってきた。一軍のスピードにもっと慣れるためにもパス連携の練習がしたいのだと、青峰に頼んできたのである。
 二人で居残り練習をするのは黒子が三軍だった頃以来になる。嬉しくて、青峰はもちろん快諾した。
 黒子が一軍に昇格した後、黒子を練習に誘いたくてもとても無理そうで、青峰は誘うのをずっとひかえていたのだ。その黒子のほうからこうして青峰を誘ってくれたこともまた、すごく嬉しかった。
 それから、ここ二週間ほど、二人は再び一緒に居残り練習をするようになった。一軍用の体育館はやはり人がいっぱいで窮屈だから、かつてのように三軍用の第四体育館に行くことが多い。そこではほとんど二人きりだ。黒子の体力的な問題もあり、さすがに毎日遅くなるわけではないが、ここ二週間ほどはずっと二人で練習して、二人一緒に帰っている。やけに楽しく感じられる二週間だ。
 黒子にとってはまだ一軍の練習はかなりキツいはずだろうに、さらに青峰と居残り練習を続けて、頑張るよなあと思う。こいつは本当によほどバスケ好きなのだろう。
 こんなに細くて小っこいのによ――と、二人しか残っていないこの一軍の部室で、青峰は着替え中の黒子を眺めていた。
 もともと黒子はバスケをする奴にしては背丈がないし、赤司のように鍛えられてもいない。黒子の練習量からすると、すごく頑張っていると青峰はよく知っているが、鍛えてもあまり筋肉が付かない体質なのかもしれない。
 その白い背中や肩が、ここのところまた一段と小さく見えるように思うのは、青峰の気のせいだろうか。

(――……

 それでも、こいつは必死にバスケをやっている。
 こいつにしかできないことに活路を見出して、今、帝光中バスケ部の一軍にいるのだ。

『いつか、一緒にコートに立とうぜ、テツ』

 三軍だった黒子に掛けた青峰のその言葉は、ひどく勝手なものだったかもしれないと、今になって青峰は思っている。
 当時の黒子と第四体育館で毎日一緒に練習をすると決めたのは、青峰のほうだった。

『僕なんかと君が……いいんですか?』

 黒子はそう言っていたが、既に一軍のスタメンだった青峰の黒子に対するその行動は、あるいは押し付けめいた残酷なものだったかもしれない。あれほど努力してもなお二軍昇格テストに落ちて、己はチームに必要のない存在だと黒子がバスケ部を辞めかけたときに、青峰はそれを少し思った。
 けれど、三軍なのに誰よりも頑張っていたこいつのそばで青峰はバスケをしたかったし、こいつと一緒に試合のコートに立ってみたかった。ともに居残ってバスケをした時間を無駄とは思いたくなかった。こいつにも、そんなふうに思って欲しくなかった。ましてや、こいつと一緒に過ごす時間を青峰は失いたくなかったのだ。
 だから、「チームに必要のない選手なんていねーよ」なんて言って、青峰は黒子を引き止めた。
 人には向き・不向きがあるのは当然だろう。
 青峰の言葉は恵まれた者の、ある種、傲慢で無責任な理想であり、キレイゴトだったとも言える。
 三軍の黒子にしてみれば、こんな部員数百名を超えるような強豪校で才能もないのにもっと足掻いて苦しめと言われているようなものだったかもしれない。
 だけど。

(テツは……こうして、俺んとこに来てくれたんだよな)

 赤司の誘導と多少の口添えがあったとはいえ、黒子なりの特殊なスタイルを編み出して、それを認められ、黒子は一軍に昇格した。慣れない一軍にいきなり放り込まれ、そのキツい練習に苦労しながらも、黒子はまたこうして青峰と居残り練習ができるようにもなってくれた。
 そして、黒子のほうから青峰を誘ってくれた。
『いつか、一緒にコートに立とうぜ』なんて勝手に押し付けたような青峰の言葉を、黒子は約束だと思ってくれているのだろう。青峰の言った無謀かもしれないそれを、この小さな身で実現させようとしているひたむきさがすごくいじらしい。一体どんだけバスケ好きなんだよ、と苦笑したくなると同時に、こいつが今こうして青峰の横にいることが、青峰には嬉しくて仕方なかった。
 一軍に昇ってくれた黒子と一緒に居残って練習をしていたこの二週間が、本当に楽しい。

……テツ、俺は)

 ああ、こいつからパスをもらったら、どんなボールだろうと絶対に青峰がシュートを決めて点を取ってやる。そう思う。昨日も思ったし、一昨日も思ったし、その前日も、黒子と一緒に居残り練習をしながら青峰はそう思った。

「なー、テツ」

 二人だけが残った一軍用の部室である。

「テツはよ、バスケ以外に好きなモンってあんの?」

 黒子の低い背中が帝光中の水色のカッターシャツに覆われて、ボタンが一つ一つ留められていくのを肩越しに眺めながら、青峰はふとそんなことを訊いてみた。

「バニラシェイクが好きですが」
「それは知ってるって! そーじゃなくてよ、バスケ以外にすんのが好きなこと」

 青峰が三軍だった黒子と第四体育館で出逢って、それから数ヶ月である。一軍と三軍という垣根がありながらも、ほぼ毎日ともに居残り練習をしていた。一緒に帰る頻度が多いのはもちろん黒子であり、それが当たり前のようになっている。
 仲のよい部活仲間と言えばそうだが、休日で部活練習がない日に黒子と逢うことも普通にある。でも、そういうときも、黒子とは大概バスケの話をしている気がする。青峰の家に黒子を呼んだときだって、青峰の部屋でNBAのDVDを見たり、新発売のバッシュの話でやけに盛り上がったり、まさしくバスケのことばかりだ。
 こいつがバスケ好きなのはよくわかっている。だから、別にバスケばかりでも悪くはないけれど、それ以外のこいつのことも知りたいと、最近、青峰は少し思うようになった。黒子が一軍に昇格して、こうしてまた居残り練習も青峰とできるようになり、黒子と一緒にいる時間がいっそう増えたからかもしれない。

「そうですね、ここのところ時間がなくてあまり読めてないんですけど、本を読むのがけっこう好きです」
「お前、本屋によく立ち寄るもんなぁ。俺も、雑誌、眺めてんのけっこう好きだわ。似てんな!」
「似て……って」

 少々閉口したように黒子が青峰を見上げた。

「僕が買うものと君が買うものは、種類や用途がかなり違うような気がするんですけど」

 黒子がよく買っているのは小説等であり、青峰が買うのはもっぱら巨乳アイドルのグラビア雑誌や写真集である。

「雑誌や写真集も本は本だろ。本屋で売ってんだし」
……まあ、ムリヤリそう言えないこともないですが」
「つーかよ、普通はそういうの、一冊二冊くらいは持ってるモンじゃねーか。テツだって、もちろん、」

 笑いながら言いかけて、青峰はなんとなくやめる。
「――」
 大きな水色の双眸が青峰を見上げている。
 黒子の眼も、髪も、肌も、青峰とは違って色素がやたらと薄い。その薄くて華奢な身を見おろしていたら、どうにもそういう想像が――こいつがグラビア雑誌などを眺めて悦んでいるような想像が――なぜか、し難かった。

「青峰君?」

 中学男子なら、普通そういったものに興味を持たないはずがない。クラス内でも男子同士の会話となると、その手の話題がチラホラ飛び交うものである。でも、バスケ部にいるとバスケ中心で物事が回るものだから、その類の会話はおおっぴらには出てこなくなる。のってくる奴は楽しそうにのってくるが、スルーする奴もまた多い。
 黒子は当然スルーする後者だろうと思っていたから、こんなにも黒子と一緒にいるのに、今までその手の会話を黒子としたことがあまりなかった。
 こいつとは本当にバスケばかりだ。

「青峰君、どうかし……
 けど。
「なぁ、テツは」
「? はい」
「テツは、自分でヤったりとか、やっぱ、してんの?」
…………?」

「僕が買うものと君が買うものは、種類や用途がかなり違うような気がするんですけど」などと黒子が言っていた。用途なんて表現するあたり、ああいった雑誌がただ眺めるだけの物ではないくらい、黒子も知っているということだ。
 自慰にはズリネタがあるものだと、黒子だって青峰と同年の男子なのだから、それを知っていても、ヤっていてもおかしくはない。でも、黒子が青峰のようにグラビア雑誌を広げてヌいているところなんて、青峰はとても想像できないし、もしも黒子がそんなことをしていたら……

(なんか、ちっと、よ)

 ……それは少しイヤだな、と青峰は思ってしまった。
 青峰自身のことは当たり前のように棚上げで、勝手な話である。
 しかし、この年齢の男子にはありがちだが、身体的な成長が早い者ほど性徴や性欲もまた早いものだ。青峰と比べると黒子はいかにもまだ華奢な体型で、肌も白くて、見るからに何も知らなさそうじゃないか。その黒子が、雑誌のアイドルだろうが、どこかの知人の女だろうが、誰かを頭に巡らせてズリネタにしているなんて、なんだか嫌だった。
 マイちゃんだの、おっぱいだの、巨乳だの、と。黒子の前でも幼馴染みの桃井の前でも誰の前だってはばからない青峰だから、それはまったく身勝手な言い分だとわかってはいる。
 それでも。

(だって、テツはよ、バスケがすげー好きな奴で、そんで、こいつは……こいつは、俺の――)

 こいつは、俺の――何だろう。
 こんなことに、バスケなんて関係ないだろうに。
「こいつは、俺の」の続きが何なのかも、青峰自身よくわからなかった。
 ただ、このまま黙って喉奥に留め置けない衝動めいたものがもやもやと青峰に燻っている。それにどうにも促されてしまって、青峰の片手が隣の黒子へと伸びていた。

「?」

 着替え途中だった黒子。水色のカッターシャツのボタンはもう全部留められていて、制服のズボンも既にはいていた。ちょうどベルトを締めようとしているところで、まるでそれを阻むかのように、青峰が白い片腕をつかんでしまった。残ったもう片手だけでは、ベルトは締められないだろう。

……青峰君? あの、さっきからどうしたんですか」
「テツだって、当然してんだろ。それ系の雑誌とか買ってんのは一度も見たことねーけどよ。どうヤってんの?」
「どうやってる、って……いったい何の話を……

 煌々とした照明の下、黒子の白い顔が薄っすらと染まっているように見える。
 グラビア雑誌を「用途」などと表現した黒子がわかっていないはずがない。

「オナニーの話だよ」
……自慰の話、ですか」

 表現を言い直した黒子に青峰は少し笑った。

「そう、ソレ。なぁ、テツはいつも何ネタにしてんの?」

 あからさまな直球の質問だ。黒子の顔の赤みがやや増したかもしれない。青峰を見上げていた水色の視線が逸らされるように下に落ちて、声音も少し固くなった。

「手をはなしてください。ベルトが締められません。そんなの、普通は訊くものじゃないでしょう」
「そうかよ? 男同士じゃ、よく話題になることじゃねーか。他の奴がどうしてるのかって、ちっと気にならねぇ?」
「僕は全く気になりません」
「俺はなんだか気になんだよ。たとえば、テツがどうしてんのか、とか」
……

 嘘だ。
 他のヤローのオナニー事情なんて別に青峰は知りたくもない。でも、目の前のこいつのことはすごく気になって、今、知りたいと思ってしまっている。

「テツは……俺のこととか、知りたくならねぇ?」

 青峰に取られたままの黒子の片手が、ピクリとほんの小さな波紋のように蠢いた。

「君のことって、どうせマイちゃんじゃないですか」
「そりゃ、まー、そうだけどよ。そればっかじゃねーかもしんねぇぜ? マイちゃんだとしても、俺がどうやってヌいてんのかとか、テツは想像できる? 俺のこと、もっといろいろ知りてぇとかテツは思わねぇ?」
……。青峰くんのことを」

 はなしてください、と黒子に言われても、はなさなかった青峰の手。
 そして、黒子のほうも口でははなせと言いながら、青峰のその手を振り解こうとはしていない。
 仄かな朱を孕む水色の瞳がどこか惑うようにそろりと青峰を見上げてきた。

「君に興味が無いとは言いません、と言うか……正直、すごくあります。君は、僕にとって、その……少し特別な存在のような気がするので」
「!」

 でも、さすがにそんなことまで知るものではないでしょう、と黒子が苦笑気味に首を横に振った。

「そろそろ手をはなしてください」
 だが、青峰は黒子のその手をぐっと握り込み、自分のほうへと少し引き寄せる。
「っ、青み――」
「俺は! ……テツのこと、もっと知りてぇ」

 こいつのバスケのことなら、青峰はもうわかっている。
 だから、こいつのバスケ以外のことを知りたい。こいつが自慰をするのかとか。するとしても、何をネタにしているのか。こいつにズリネタなんてあって欲しくないと身勝手にも思ってしまうが、あったとして、どんなふうにしているのか。バカバカしいとは思うけれども、他の奴が絶対に知らないような、黒子が誰にも見せないような、黒子の特別なことを青峰は知りたい。

「僕のことなんて……知っても、きっとガッカリしますよ。自慰のネタと言われても、僕、そんなのないですし」
 それを聞いて、青峰は、二、三、またたく。
「オナニーのズリネタ、テツはねーの?」
「ないですって」
「じゃー、テツはどうやってヤってんだよ」
「どうって……

 こんな唐突とも言える青峰の猥談にも比較的明瞭に言葉を返していた黒子だが、今度ばかりは白い顔をかなり赤らめて困ったように口籠った。

「そんなの、口で説明なんて、できません」
「――。ならよ、いい方法があるぜ」
「?」
「俺のことも、テツのことも、お互いすげーよくわかる方法。ちっとシてみねぇ?」
……青峰、くん?」

 自分のことなんて知ってもガッカリする、なんて黒子は言っていたが。ガッカリどころか、青峰にとっては逆だった。ズリネタなんて自分にはない、という黒子の返答だけで満足すればよかったのに、かえって青峰の興味は増してしまい、もっと知りたくなっていた。
 ベルトがまだ締められていない黒子の腰元に、青峰の手が及ぶ。黒子の制服のズボンのボタンとファスナーを勝手に外した。

「っ、ちょ……っ、青峰、くんっ?」

 ガタンッと金属ロッカーが鳴った。
 戸惑う黒子の背を軽くロッカーに押し付けて、つかんでいる黒子の手のほうは青峰の股間へと誘導する。

「っ! あお、み……
「テツ……なぁ、テツも俺の触ってみて? そしたらよ、お互い、相手がどうヤってんのか、わかんだろ」


§


 ――かくして、この状況だ。
 互いのモノを触り合っていたら、立っていられないと黒子が言うので、二人で床に腰を落としてこの姿勢になった。黒子はロッカーにもたれて座り、青峰はその前でしゃがんで膝を床に付けている。
「僕たち、なんで、こんなことになっているのでしょう」という黒子の質問に答えるとしたら、青峰が黒子のことを知りたかったから、ということに帰着する。しかし、ならばどうしてそこまで黒子のことを知りたいのかという点にまで踏み込むと、青峰自身、よくわからないのだ。

「なんで、ってよ、俺も……よくわかんねーよ」

 青峰の脳内に過った「こいつは、俺の」の続きがまだ青峰の中に出て来ない。

「けど、こうなっちまったなら、もう放置するわけにはいかねーだろ。一度、ヌかねーと」
……。そう、です、よね」

 青峰の手中の黒子も、黒子に触れられている青峰自身も、すでに天井を向くほども屹立して、滲んだ先走りでべたべただ。こんな状態で今さら止められるわけがない。
 でも、黒子と二人でこんなところでこうなっている現状について、青峰が後悔しているのかというと、それは全くしていなかった。

(テツだって……そうイヤじゃねーみたいだし)

 戸惑ってはいたようだが、黒子もさして青峰に抗わなかった、と思う。青峰の都合のいい思い込みかもしれないが、黒子がすごく嫌がって青峰から逃げるような素振りをしていたら、さすがに青峰とて、こんなこと強制はしない。
 青峰に興味があると黒子が言っていた。その興味を黒子もそそられたのかもしれない。そして、今、目の前のこいつに、青峰はもっと興味をそそられてしまっている。

「ン……ぁ、お峰、くん……っ」
「っ、テツ」

 初めてまともに見る黒子のソレ。
 男同士だし、トイレでばったり一緒になれば、相手のモノがチラと目端に映ってしまうなんてよくある。でも、こんなふうに真正面で向かい合って扱き合いながら、明るい照明の下で相手のモノを観察できてしまうなんて、特別だろう。

(テツの、やっぱ、こんなトコも白ぇんだな……。んで、先っちょだけ赤くて)

 黒子の性器は、膨張して固くなっていても、青峰の手中にすっかり納まってしまうほどの大きさだ。皮も全部は剥けておらず、半被りである。勃起した男の一物を「かわいい」などと表現したらいけないのだろうが、青峰からすれば、そう言いたくなってしまうようなモノだった。
 そんな黒子の白い性器が、震える細い両股の間で青峰の手によって扱かれ、ヒクついている。皮が半被りのまま弄ってやっているが、そこだけ色付いているかのような皮の奥の卑猥な先端から先走りの汁がとろとろと滲んできて、青峰の浅黒い指をぬちゃりと濡らしている。

(なんか……色のせいか、すげーやらしいのな……

 白いのに勃起して濡れているそのさまに、青峰の目が離せない。
 そして、青峰を扱いている黒子の手だ。
 ズリネタなんて自分にはないと黒子が言っていた。それを聞いたときは不思議に思ったが、そりゃ、そうだろうな、と今の青峰は納得する。黒子の手がやっていることは、目の前で実演している青峰の手の模倣に近かった。黒子だって自慰を知らないわけではないのだろう。しかし、その模倣ですら、ひどく拙くて慣れてなさそうな手付きに感じる。

(つまり、テツはよ)

 青峰とは違い、つまり、こいつは普段から自慰なんてあまりしていないのだ。だからズリネタもない。
 その黒子が、今、青峰の手に白い性器を弄られて、同時に青峰の膨張した赤黒い性器を黒子なりに懸命に扱いている。
 俺のことも、テツのことも、お互いすげーよくわかる方法、と青峰は黒子に説明したが、まさしくである。互いに互いを扱き合えば、こんなことはすぐに察する。黒子がこれで青峰のことをどこまで察するかは知れないけれど。幾らかの性的な経験があるぶん、当然、青峰のほうが黒子より多くのことを察してしまえる。

 だから、なおさらだった。
 こいつは、知識は多少あっても自慰すら滅多にしておらず、こんなふうに喘いでいるのだって、たぶん初めてなのだろう。その初めてのことを、黒子本人の手ではなく、今、青峰の手がさせているのだ。それが如実に解ってしまったものだから、青峰がおかしくなる。
「ハァ……テツ」
 拙いはずの黒子の手淫などに青峰の息がこうも乱れるのは、そのせいだろうか。
 冷静になろうとしてなれないのもきっとそのせいだろう。
 躰中がやたらと熱くて、目先がくらりとし、自制があまり効かない感じがするのもそのせい。
 己だけで自慰をしているときとはまた違う、青峰の呼吸も鼓動も一段とおかしいのはそのせいだ。
「テツ、なぁ、テツ」
 黒子と交わしているこの妙な手淫状況に浮かされて、青峰の思考もきっとどこかオカシイに違いなかった。

「なぁ……テツ、もうちっと、俺の、先っぽ強めに擦って」
……っ」
 青峰にそう囁かれ、火照った顔で小さく頷き、黒子が青峰の剥き出た先端に指圧をくっと掛けて擦り上げてくる。
「ンっ、は……ぁ、テツ、ソレ、いい感じ」
 いい感じ、などと吐息を散らして感想を言いながら、その手の刺激よりも、青峰の求めに応じようとする目の前の黒子の顔のほうに青峰はそそられる。ぞくりとしたものに口端を吊り上げ、青峰は黒子の先端も同じように弄ってやる。

「ッひン、ぁ……っ、や」
「な? テツも、コレ、いーだろ?」

 先端は大抵の者が敏感な部位であり、黒子にとってもそうらしかった。
 青峰の親指に少し執拗に先の割れ目を穿(ほじく)られ、堪らないとばかりに振られた水色の髪が金属ロッカーにぱさぱさと何度も当たる。か弱そうにビクついて震える細い両脚。丸い頬はますます紅潮して、忙しない息を吐き出す小さな唇は閉じる機会を失ったかのように喘いでいる。
「あ、あ、ぁ、や……っ、ぁお、みね、くっ」
 そんな黒子を眺めて、口内がやけに渇いてくる心地に青峰は己の上唇を舐める。

(――……ヤベぇ……かぁいい)

 自慰の経験も少なそうなこいつをイかせてやることなんて、すぐにできると青峰は思うけれど。
 青峰の手に喘ぐこいつを、まだ、もっと、眺めていたい。ヌくのはこの一度きりで終わってしまうだろう。さすがに何度もさせろなんて言えない。
 だから、青峰は黒子を最後まで追い立ててやらず、わざと途中で手をゆるめた。

「は……っ、ぁ」
 手淫をゆるめられ、黒子が少しホッとしたように息を深めた。滲んだ水色の瞳が青峰をぼんやりと見上げて、ずっと開かれたままの唇が息を乱しながら青峰を呼ぶ。
「あお、峰、くん……
 青峰に向けてはくはくと喘いでいるその小さな唇に、青峰はゴクリとする。
……テ――」
 自然に、思わずその唇にかぶりつきそうになって、
(ッ、いや、オイ、待て、って)
 青峰は我に返った。

(これ、口とか、くっ付けたらよ……キス、だよな……? キスとかしたらマズイだろ。そりゃ、やっぱマズイよな?)

 自分達は部活仲間であり、何より男同士だ。ただの部活仲間ではないと青峰は思っているが、それでもキスなどするのはマズイはずだし、オカシイだろう、と眼下の黒子の唇を眺めて生唾を呑みながらも、青峰は辛うじて思いとどまった。
 部室で手淫などをし合っているこの現状こそが、どう言い繕っても明らかにマズくてオカシイのだが、どこかでやはり混乱をきたしているのか、それは青峰の思考の外だった。
 互いに性器を擦り合っているこの状態が、まだしも気の知れた同性同士の猥談の一つ、ある種の戯れめいたコミュニケーションのように感じていたのかもしれない。もっとも、青峰は黒子以外の野郎とこんなことはしたことないのだが。

 ここでテツにキスなんてしたら、どう考えてもマズイ、とそれだけは固く思って、黒子の唇から己の気を逸らすように青峰は視線を少し下へずらした。

……っ」

 と、そこでまたゴクリとする。
 汗に濡れた黒子の華奢な鎖骨が、乱れた呼吸とともに微かに上下している。その汗ばんだ白い凹凸の可愛らしい窪みを舐めてみたいような衝動にかられ、唇を寄せて、
(ッッ、オイ、そりゃ、ダメだって……!)
 青峰は慌ててまた思い直した。
 たとえ対象が唇でなくても、舐めたり口付けたりなどしたら、それはキスになってしまうだろう。

 とにかくキスをするのはマズイから、他のこと、と青峰は黒子のシャツのボタンに片手を掛ける。
 キスができないなら、せめてその汗ばんだ白肌のもっと下のほう、シャツの布地に覆われている部分を見たいと欲が湧いていた。上半身なんて、男が晒して問題ある部位ではない。それを見るくらい別にいいだろう。今までだって着替え中に何度も見ている。
 が、そもそも、そんな問題ない部位をわざわざ見たいと思ってしまっていること自体がもう十分オカシイのだが、それもまた青峰の思考の外だった。
「? 青峰、くん……?」
 しかも、シャツのボタンを外されていくことに不思議そうに首を傾げた黒子に対して、言い訳めいた説明をする。

「あー……えっと、その、シャツが汚れたら、まずいだろ? ボタン外して、前を開けておいたほうがいいぜ」
「シャツが汚れる……そう、ですね、確かに」

 シャツのボタンを外す理由としては、一応、妥当なものではある。互いの手で擦られている性器は先走りの汁ですでに濡れている状態だ。さらに扱いて吐精すれば、精液が飛び散るだろう。シャツの裾あたりは汚れやすい。

「じゃあ、君のボタンも外したほうがいいのでは……?」
「おっ、おう、もちろん」

「シャツが汚れるから」がボタンを外す理由ならば、黒子のシャツのボタンだけを外すのは当然おかしい。それを指摘されて、ああ、そうだよな、そうだった、と青峰は自分のシャツのボタンも外そうとした。だが、ボタンを一つ外しただけでふとやめて、黒子に身を寄せる。

「なあ、テツのは俺が外してやったからよ。俺のボタンは、テツが外してくんね?」
……。わかりました」

 あえて黒子に青峰のシャツのボタンを外させて、そして、そうさせた自分は、やっぱ、どっか、オカシイわ、と青峰は苦笑混じりに思う。
 互いのシャツのボタンが全て外された。白い両脚も晒している黒子などは、ただもうその前開きのシャツの袖を通して羽織っているだけの姿だ。その水色のシャツが黒子の呼吸とともに揺れると、たまにチラと小さな乳首が覗く。それは白い肌に映えるくすみのないピンク色で、青峰はまたゴクリとする。コレ、摘まんでみてぇ、などとついつい思い、
……ッ、いやいや、オイオイ、待て待て、って! コレ、おっぱいじゃねーよ……っ)
 またしても慌てて思い直す。
 まっ平な黒子の胸部にあるのは女体のものとは違うだろう。が、そんな特殊な部位をピンポイントで青峰が触ってしまったら、それは「おっぱい」にごく近い扱いをしたことになる。
 キスと同じで、マズイはずだ。

 こうして黒子のシャツの前をはだけさせたって、結局、青峰は黒子の肌にほとんど触れられなかった。触れたら、それは「ただのズリ合い」の域を超えた何か違う意味になってしまうのだと直感する。その域を超えない範囲で青峰がまともに触れられるのは、青峰の手中にある白い性器、ズリ合っているソレだけなのだ。それ以外の部分はどこも、ただ眺めるしかできない。
 だから。

「ン……っ、ン、ぁ」
 手淫を再開して、先刻よりもかなり近寄った位置で青峰は黒子を見おろしていた。
 薄い胸板、平らな腹、細い両脚、あらためて見ると、黒子は本当に肉付きが乏しく思える。同学年の者達と比べて黒子が特に華奢というわけではないけれども、バスケ部は体格のいい奴等が多いし、間近にこうして青峰自身がいるからこそ、黒子がよけいに小さく思えてしまう。
(テツ……
 こんな身体でこいつは一軍に来たのかよ、と青峰は黒子の濡れそぼった白い性器を撫で擦り。こんな身体でこいつは俺んとこに来てくれたのか、とまたやわく擦り上げる。

「は…………っ、ぁお峰、くん」

 にちゅにちゅとした淫靡な手淫の水音が二人の間で響く。
 青峰の手に喘がされながらも、それを自分の手で青峰に返そうと黒子は必死だ。そんな黒子の火照った顔と白い躰を間近で眺めていて、ああ、これはマズイわ、と青峰は眉間を寄せる――青峰の前で喘いでいるこいつのこの唇に、もうかぶりつきたかった。こいつとキスしたくて堪らない。無性に、だ。
 キスくらいなら。
 キスくらいならば、いっそ、と少し思い過り。

(いや、ダメだろ)

 それはやっぱりマズイし、オカシイよな、と青峰は思い直す。何度も何度も逡巡して思い直す。
 思い直したが、そろそろ限界な心地がして堪らなくなっていた。
 もっとこいつのこんな姿を見ていたいけれども、青峰は手淫を強め、もう黒子を追い立てることにした。青峰のほうも色々な部分が堪えられなくなってきている。己を抑制をしようとする精神的にも、黒子の手に扱かれている肉体的にもだ。

「あッ、あ……ッ、ぁお、みね、く……僕、もぅ……ッ」
「ああ、もう出せよ、……俺もイきそう」

 青峰がその気で追い立てれば、あっけないほどすぐだった。膨張の限界を迎えた黒子の性器はあえなくはち切れてしまい、白濁した液が青峰の手に散っていく。受け止めてやったその熱と、達した黒子のその顔に、下肢と背筋をぞくりと煽られて、青峰も膨張した己の欲を素直にぶちまけた。
 互いの手が互いの精液で濡れている。黙して見詰め合ったまま、はー、はー、と二人の荒い呼吸が続く。外は闇。二人きりの静かな部室に、吐精後の二人の呼吸音だけがしばらく響いていた。

 なんで、こんなところでこんなことになったのか、いまだはっきりとはわからなかった。取りあえずキスはしたらダメだと、それだけは思って、青峰は辛うじて堪えた。
 そして。 

「青、峰、くん……?」
「――」

 そして。
 そして。
 そして。
 ああ、そして――この先、こいつと、どうしたらいいのか、青峰はまたさっぱりわからないのである。



以上、『お前しか見えない』のサンプルでした。



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