青の枷(2)


『アイツとしてんじゃねーのかよ』

……ア、イツ……?」
「だから、火神と」
「――」
 それは、まさか、火神が黒子の「新しい光」だから、という意味で青峰は言っているのだろうか。つまり、青峰とこういう行為をしていたのも、黒子が青峰の「影」だったから、という扱いでしかないのか。別の誰かが黒子の「光」になれば、黒子はその誰かとこんなことをするとでも、青峰は――

 クリアになったはずの黒子の意識は、さらに白くなって何もわからなくなる。それに相反して、目の前の暗い視界が何も映らなくなるほど真っ黒な闇になった。身を内側から灼かれる凄まじい痛苦に堪えて、懸命に床を踏み締めていた両脚が、急に底のない奈落に堕ちた心地がした。振り絞っていたなけなしの力を、全て消失してしまう。片腕を青峰に拘束されて半ば身を支えられているにも関わらず、黒子はもう、その姿勢を保てない。
「ッ、テツ」
 崩れそうになった黒子の身体を、青峰の腕が咄嗟にかかえ抱いた。
 が、その反動で、零さないように堪えていた両眼の水膜がぼろりと一気にきてしまった。ああ、駄目だ、まずい、と頭のどこかで思っているのに、今の黒子にはどうにもできない。
 見開いていても、ただ雫を落とすだけで何も映さない黒子の両眼。しかし、その上を、あたたかな大きなものがぐっと覆った。
「――……。わりぃ、今のはナシだ」
 壁に付けて固定されていた片腕の拘束が、外れている。
 黒子の目元をすっかり覆うこれは、青峰の手だ。黒子にとって――特別な手。
「今のはナシ」
 黒子の視界をその手で完全に遮りながら、青峰は抱き込んでいる黒子ごと腰と膝を下へおろしていく。急な動きではないが、黒子は青峰を深く呑み込んでいて、姿勢と重心を変えるような動作は内部に響く。まして視界を奪われているから、黒子には何が起きているのかもわからない。
 混乱気味に首を振ろうとしたが、目元を覆う青峰の手に抑え込まれる。
「ッ、――ぁ……ッ、や」
「落ち着け。下に座るだけだって」
 姿勢を座位に変えられて、黒子は青峰の上で目隠しをされたまま、乱れた呼吸だけを、はー、はー、としばらく繰り返す。十回か、二十回か、もう少しだったか。繰り返す黒子の呼吸が穏やかに治まってきた頃、青峰の手が黒子の目元と頬を大雑把に拭い、そこからそっと離れた。
 黒子はまばたきをして己の視覚を確保する。
……ぁ)
 暗い、けれども真っ暗ではない室内。黒子の目の前にあるのは壁だ。そして、その壁横に磨りガラスの小窓がついた扉があり、わずかだが廊下側から光が射し込んで来る。人の気配が感じられないとても静かな空間――ここは、閉館中の総合体育館内、競技者用控室の一室である。数日後には、この会場で、東京地区インターハイ予選の決勝リーグが行われる。青峰を倒すため、黒子は初めて青峰の敵としてコートに立たねばならない。ここは、そんな場所のはずだ。
 そんな場所なのに。
「テツ」
 青峰の声が黒子の耳元に注がれる。
 筋肉質の逞しい両腕がゆっくりと伸び、黒子の肩と腹を後ろから囲って抱きしめてくる。
「っ、」
……テツ」
 黒子の背中をそっくり覆う大きな青峰の体温。慣れてしまった青峰の汗の匂い。ひどく近い位置で響く低い声。青峰だけがする、その呼び方。
 肩上に重みがかかったと思って軽く見遣ったら、青峰の顎がそこに在る。
 中学の頃、よくこんなふうに青峰に後ろから抱き込まれて、頭の上やら肩の上やらに青峰の顎を置かれたのを思い出す。黒子が床に座っているか青峰の上に座っているかで、頭か肩かが変わる。重いです、と黒子が文句を言ったら、ちょうどいい位置だからよー、なんて笑って返されたものだ。
「なあ、テツは俺のだろ……?」
 黒子の肩上で青峰が言う。
「俺のモンだったじゃねーか」
 よみがえる過去の懐かしい記憶と感覚は、切なさと相俟って黒子を縛る枷(かせ)だ。
 奥に埋め込まれている青峰の膨張した熱が、注がれる青峰の言葉とともにそこでじくと沁みて苦しくて、黒子を震わせる。
……青峰く、っ」
 振り向こうとしたら。
 黒子を囲っていた青峰の片腕が不意に外れ、下におりた。
「気やすめな」
 しねーよりはマシだろ、と青峰のその手が黒子の性器に再び触れてきた。
 萎えて垂れている黒子のソレを、青峰が下から掬ってゆるゆると掌の上で遊びだす。陰茎をやわらかに手中に包んでは、すぐに放し。ぬるついたその先端を、親指と人差し指でそっと曖昧に弄る。扱くというより、くすぐるに近いような触れ方をされて、逆に黒子の意識が妙にそこに捉われてしまう。
…………
 挿入直後に手淫したときにはあまり反応しなかったから、「気やすめ」と青峰は言ったのだろうけれども。比較的楽なこの姿勢で呼吸と意識を落ち着かせてもらったせいか、先刻より黒子の痛苦は和らいでいた。狭い処に青峰を埋め込まれている強い圧迫感は依然黒子を苛んでいるが、少なくとも、過去のことを思い出して感傷的になってしまうくらいの小さな余裕は生じていた。
 だからだろう。青峰の大きな手であまりにもやさしく触れられているのが、なんだか堪らない。一度射精しているせいでにちゃりと粘つく感触も手伝い、よけいに感度をくすぐられる。やわらかに撫でられているそこに、もっと強い刺激が欲しくなって、焦れてしまう。
 それを察したのか、あるいは狙ってのことか。青峰の手が急に指圧を込めてきた。
「ッん……ぁっ」
 肌身が小さく跳ねて、思わず声が洩れた。
 欲していたものを与えられた快感は、下肢から背筋、脳髄へと甘く広がる。それが薄れ消える前に、続けて強めに擦られて、快感の波を揺り起こされる。
「ん……っ、ン、あ……っ」
 下肢がぴくぴくと痺れて小さく泳いだ。それが腰と内部にわずかに連動して火照る。
 鼻が抜けたような甘ったるい声が出てしまって、口元を片手の甲で抑えたら。声、出せよ、とばかりに青峰にその手を掴み外され、うなじをまたはまれる。
 セックスのときに黒子の耳元やうなじを殊さら舐めはむのは、青峰の癖に近いものだが、綿菓子でも食べるかのようにふわりと唇を触れ当てられて頸筋の肌を煽られる。いつもは無造作な仕草の青峰に、そういう愛撫をされると、感覚的にも心情的にも黒子は弱いのだ。それでいて、屹立してきた中心は青峰の手で的確に刺激され、どうしようもなく蕩ろかされていく。
 最初の手淫のときもそうだったが、青峰は黒子を知っている。
 同性の知識や経験で性器を扱くだけではない。特にどこをどんなふうにしたら黒子がより悦がるか、ということも、青峰はわかっている。性器まで白いのだと、卑猥な言葉で黒子の耳に注ぎ、「俺はテツを全部知ってる、っつってんだよ」と青峰は言っていたが、まさにその通りだった。
 青峰に与えられる刺激が快感として浸透してしまうと、黒子には抑制する術がない。
 それにもう、青峰を受け入れているこんな状態だ。

「テーツ」
 されるがまま喘いでいると、背後で青峰が欲に満ちた笑みを吐く。
「さっきよりだいぶマシだろ……つーか、テツに絞られててよ、俺が堪んねーわ」
 なあ、と青峰が下からゆさりと突き揺らしてきた。
「ッ、ア……ッ」
 挿入後、あまり動かずにいた青峰に、初めてまともに腰を揺らされた。
 直腸が強い圧迫感とともに抉られるかのようで、黒子の脳髄を一瞬白ませる。けれど、あの挿入直後ほどの堪え難いものではなく、重たく熱い鈍痛が痺れるような波となって黒子の四肢にじんわり巡ってくる。己の内側が青峰の大きさに少しずつ馴染んできているのを、黒子は甘い痛苦と快感の狭間で自覚する。そして、それは青峰も当然感じているだろう。
 勃起させられた性器を青峰の手に囚われたまま、二度、三度、と続けて腰を揺さぶられ、抑えがたい声を上げさせられる。
「ぁ、あ……ッ、ぃ、あッ」
 キツくて苦しいことは確かなのに、青峰と擦れ合って掻き回されることに悦がってしまう。突き上げられて貫かれる衝撃に悲鳴をあげるのに、熱く痺れて広がる快感の波に意識が浮かされる。
「ッ、ンッ、まだ狭ぇが、悪かねー……なッ」
 腰を揺さぶりながら黒子の性器も甘やかしていた青峰だが。黒子が萎えずに喘いでいるのを見て、そこから手を離した。黒子の両膝裏を下からぐいと支え上げる。
……っ、青、み……ッ」
 膝を持ち上げられたことで理性が少し戻り、黒子は身じろいでその足を小さくわたつかせた。
 動きやすくするためだろうが、後ろから股を左右に開かされて両膝を持ち上げられるこの姿勢は、今さらながらの羞恥を黒子にもたらす。黒子が苦手な姿勢だ。
「あ? なんだよ」
「この、かっこぅ、は」
 いやです、と黒子はかぶりを振って訴えた。
「あー、ガキみてーだもんなぁ?」
 まさに幼児のように軽々と膝から持ち上げられている。黒子が恥ずかしがる姿勢だと、もちろん知っている青峰は、にやっといやらしい笑みで返してきた。
「むしろ、このカッコで前に鏡がねーのが残念だろ。あっちに移動すっか?」
 控室だ。大きな一枚鏡が別の壁に貼られている。
「ッ、ヘンタイですか……っ」
 思わず振り返って、後ろの青峰を睨み上げたら。
 それを狙うように唇にはむりとキスをされた。深いキスではないが、唇に触れられながら「バァカ、移動なんてしねーって」と囁かれて宥められてしまう。
 鏡の前に移動したところで、この暗い室内ではそう生々しくは見えないだろう。それでも、黒子にとっては羞恥が増すことに違いないが、移動しねーって、でこの姿勢を妥協させられてしまうのは、よく考えたら微妙なところだった。
 もっと言えば、黒子が嫌なのが、「この行為」ではなく、「この姿勢」になってしまっているところに大きな問題がある。
 けれど。
「ぁ……ッ、あ、はぁ……ッ」
 理性も、羞恥も、こんな状況で長くもちはしない。
 身を膝からそっくり持ち上げられ。上下に揺らされて抜き挿しをされ。青峰が与えてくる強い刺激と快感に、黒子のまともな思考はあえなく押し遣られてしまう。足が床に付かず、ここまで青峰に持ち上げられていると、黒子は両膝をかかえる青峰のその腕にしがみつくしかなくて、全てを青峰の思い通りにされる。
 そう、己の身は青峰の思いのままなのだ。なにもかも。
 かつてのようなそんな状態に、黒子は意識のどこかで打ちのめされて泣き、躰は悦んで陶酔する。
「テツ……ッ」
 黒子をかかえて好きに揺らしながら、青峰が熱い吐息を散らして笑った。
「ははッ、やっべぇ、な」
…………!」
 喘ぐ黒子の体内で、青峰がぐぐっとさらに嵩を増して兇暴に反り返っていく。
「なんか、腰、止まんねーわ……ッ」
 挿入後、馴染まない黒子の様子に、あまり動かずにいてくれた青峰だ。ようやくの肉の擦り合いに、欲がいっそう張り詰めるのも無理もない。
 その青峰に串刺され、何度も突き上げられて。下肢から脳髄までを甘くも残酷に壊されていく感覚を、黒子は喰らわれている獲物のように甘受する。背中は青峰の胸に、後頭部は青峰の肩に預けて凭れ、自分ではどうにもならない身をただ青峰に委ねるしかない。烈しい律動に翻弄されるまま、口を閉じることもできないほどひっきりなしに喘がされる。
「んッ、ぁ……ッ、ア、ア……ッ」 
「ッ、なぁッ、テツ」
 己の腕の中で黒子をそんなふうにしておいて、青峰が黒子の耳元で低く言うのだ。
「テツは、今でも――俺んだろ」
「――……ッ」
 窒息しそうなほど苦しい息を青峰の肩上で吐き出しながら、黒子は一瞬だけ歯を食いしばった。
 苦しく喘いでいても、頷くことや首を横に振ることくらいは簡単である。けれど、青峰のそれに答えずにいるのが、黒子のせめてもの意地だ。
 もっとも、青峰が黒子の回答を期待していたかどうかは知れなかった。否定を許さない断定的な物言いのようにも聞こえ、黒子への質問ではないのかもしれない。それに、これほど黒子を啼かせている最中では、黒子が何も答えられなかったとしても仕方ないで済んでしまう。
 黒子が答えずに喘いでいるのを咎めているのか、あるいはそんな意図はないのか。
 青峰の律動のピッチが急にあがり、突き上げの勢いが増す。黒子の腰が宙に浮きそうなほど強く穿たれて、青峰にかかえられている両膝がガクガクする。
「ッ、ア――アッ、ア、ア……ッ!」 
 それでも、黒子のことを知っている青峰だから。
 めちゃくちゃにされているようで、けしてそうではない。烈しく動きながら、黒子のいいところをあまり外さない。青峰の手が離れてずっと放置されている黒子の性器は、天を向いたままだ。青峰によって強制的に昇らされた快感の頂上付近で、黒子はそこから降りることを許されず、汁の筋を幾つもとろとろと涙のように垂らす。
 これだけ抜き挿しを繰り返されていたら、黒子の内壁が青峰の形にもっと馴染んで楽になっていくはずだろうに。苛烈な快感と綯い交ぜになっているこの圧迫苦があまり変わらないように思えるのは、青峰が黒子の中でさらに膨張したからか。それとも、黒子が青峰を無意識に締め付けてしまっているせいだろうか。どちらだろう。
「ッ、く……ッ、テツッ」
 やがて、ずんと脳天に突き響くほども深々と青峰を埋め込まれ、両膝を胸元まで折り畳むように寄せられて、その膝ごと青峰の腕にきつく抱きしめられた。
「ァ――…………ッ」
 黒子の腹の奥で青峰がどくりどくりと脈打って跳ねている。
 中に注がれることはないが、薄いゴムの膜越しに、達した青峰の熱と荒々しい脈動を感じ、黒子もぶるりと身を震わせた。


§
 部屋の扉が開く音がした。
 鞄を枕にして床に寝そべっていた黒子は、入室してきた青峰を茫洋と見上げる。
 青峰はスポーツ飲料の青い缶を二本持っていた。人差し指でカシュッと軽く缶の蓋を開けると、「ほら、ポカリ」と黒子に差し向ける。
……すみません」
 あまり力の入らない身を床からのろりと起こし、黒子は青峰から蓋の開いた缶を受け取る。が、どうにも気怠くてならず、凭れかかるものを求めて膝で壁際にずり寄り、その壁に背を預けた。
 そんな黒子の様子をしばらく眺めていた青峰は、黒子が缶から一口飲んだのを見てから、壁際の黒子に近寄り隣に腰をおろした。
……っ」
 缶飲料を飲んでいた黒子は、肩先にほんのわずかに何かを感じて、己の肩を見遣る。
 青峰はただ黒子の隣に座っただけだ。が、その青峰と黒子の肩端が少しだけ触れていた。といっても、服の布地が当たっているだけで、互いの肉体が触れ合っているわけではない。青峰の服が黒子の服にちょっと触れているだけだ。それでも、布同士のわずかなそこに、黒子は青峰を意識する。
「よう、体、平気か?」
……平気です。気分は最悪ですが」
 そうかよ、と苦笑いし、青峰は自分の缶をようやくカシュッと開けた。
「なー、テツ」
 缶に口を付けながら、青峰が言う。
「やっぱ、今度、俺んち来いよ」
 青峰の家。青峰の部屋。帝光中時代には、何度も行った。
「絶対、行きません」
「ぁあ? 絶対、って、お前……さっきの、そんな怒ってんの?」
「怒ってます。けど、怒ってるから行かないのではありません」
「じゃあ、なんでだよ」
 青峰の部屋は、青峰の匂いがするから。青峰との思い出があまりに多すぎる所だから。
 青峰の匂いが満ち、青峰との思い出があふれているそんな所で、青峰と一緒にいたら、黒子はきっと青峰の前で何もできなくなってしまうだろう。
 なんでだよ、と不満そうに訊ねた青峰を肩越しに見遣り、黒子は青峰がどこからか買って来たスポーツ飲料を、一口、二口、と飲む。冷たさが喉を通って、そうして気を落ち着けてから、なるべく平静な声で言葉を綴った。
「うちに来いって、つまり、君にヤられに来いって言ってるんですか?」
 僕は君に強姦されたばかりなんですが、と黒子は青峰をじじっとあからさまに睨んでみせた。
 黒子に下から睨まれて、うっ、と青峰は少し気まずそうな顔をする。が、さっきのは強姦じゃねーだろ、と返し、その主張を変えるつもりはカケラもないようだ。
「あのなぁ、俺にヤられに来いとか、別に、そういう意味じゃ……あー……いや、待て、やっぱ、そういう意味になる……のか?」
 弁解が途中から自問になってしまった青峰に、黒子は呆れる。
「やっぱり、そういう意味なんですか」
 呆れたが、しかし、わずかに青峰の服が触れているその場所から離れることも特にせず、近寄ることも無論せず、黒子は青い缶に口を付ける。
「テツ」
 声のトーンを低め、青峰が少し真面目な顔をした。
「俺はよ、試合になったら――」
 その青峰が何か言いかけたときである。
 ガチャリ、と部屋の扉がなぜかまた開いた。
「なんだね、君たち! こんなところで! ……話し声がすると思ったら」 
 扉を開けたのは、この総合体育館の守衛だった。館内の見回り中に二人の話し声に気付いて、扉を開けたようだ。とっくに閉館時間だとその守衛に怒られ、二人は追い出されてしまった。

 どれだけの時間を館内で過ごしていたのかわからないが、外に出ると、宵闇だった空はすっかり黒々としていた。ひと気のない広い会場前は相変わらずの吹きさらしで、夜風が強い。  
 自販機の前にゴミ箱を見つけ、青峰は飲み干したスポーツ飲料の缶をからんと捨てる。黒子のほうは、まだ缶の中身が残っていて、捨てられなかった。
 缶を捨てた後、黒子を振り返り、青峰はズボンのポケットに手をつっこんだ。そうして、そこに立ち止ったまま、しばらく無言で黒子を見詰める。
……? 青峰君」
 嘆息を一つ吐き出して、青峰は口を開く。
「あのよ、テツ」
「はい?」
「試合になったら、俺はろくに容赦ができねーんだよ」
 それは黒子も知っている。
 だから、青峰は、練習をしなかったり、試合にもわざと遅刻をしたり、さらに、試合に出ていても自分のテンションをものすごく下げている。自分を低レベルなところにあえて落として、その低レベルのところでバスケの勝負をしているのだ。そして、好きなはずのバスケをしていても、試合に勝っても、青峰は笑わなくなった。
「お前が相手でも、俺は容赦しきれねーんだよ」
「――」
 もしかして、青峰はそれを言いに来たのだろうか、と黒子は青い缶を持つ手に力を込め、青峰をしっかりと見上げた。
「容赦とか、手加減とか、そんなのされたら困ります。したら、怒りますよ?」
 つーか、お前、さっきからもう怒ってるだろ、と青峰は小さく噴き出した。が、すぐに笑みを消し、黒子に背を向けて歩き出す。
「まー、お前はそういうヤツだよな。……言っても聞きゃしねぇ」
 青峰の歩につられて黒子も歩きかけたが、その矢先に青峰に軽く見返られて、足が止まる。
 ポケットに手をつっこんだまま、ほんの気軽そうに見返られているだけなのに。
 青峰の酷薄な視線に射抜かれて、黒子は身動きを忘れる。襲い来る強烈な威圧感に、缶を持つ手が知らずに震えていた。
「わーったよ、テツ。じゃあ――ズタボロにして、てめぇに現実を教えてやる」

 それから何でもないふうに青峰が歩を再開した。
 けれども、黒子の足はそこに固まってしまって、しばらく動けなかった。


FIN



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